1-C 敵か味方か、スーパーバイザー➀

 【1-C 敵か味方か、スーパーバイザー】


 水曜日の13時、その男はやってくる。駐車場に車を停めると、一体何が入っているのかパンパンに嵩張(かさば)ったビジネスバッグを片手に、随分と早足で店に入ってくる。昼ピークが終わり客の少なくなった店内に、おはようございますと、ちょっと気持ち悪くないかという位に素敵な笑顔を振りまいて登場するのだ。フランチャイズによって呼び方が異なるようで、オペレーション・フィールド・カウンセラーだとか、スーパーバイザーなどと呼ばれる本部社員。経営コンサルタントという位置付けだ。

 織田(おだ) 豪(ごう)。雄の38歳。見た目より若く見えるな。独身で勤続15年。この店を担当しておよそ2年・・・か。死神の目というのは便利なもので、この程度の個人情報であればわざわざ聞き出すことなく見通すことができる。特に興味があったわけではないのだが、水曜日以外にもちょくちょく姿を見せるので、暇つぶしに暴かせてもらった。どうやら織田という人物、というよりもSV(スーパー・バイザー)は、俺達従業員に対して直接指示を出すことはできないようであまり近寄ってこない。従業員はあくまでお店の従業員、谷口店長の従業員であり、SVが直接指導するのは契約違反なのだそうだ。だからなのか、挨拶以外に言葉を交わしたことはほとんどなく、他の従業員が織田SVと長い時間喋っているのを見たこともない。社交辞令の応酬と空気作りに腐心する様は、俺様にはやや滑稽に映る。彼の指導は全て谷口店長との打ち合わせに込められるのだ。


 織田SVは来店するとバックルームに鞄を置き、バインダーを持って店内の見回りを始める。バインダーにはチェックシートが挟まれていて、およそ20の項目に○か×を付ける。そこにはコメント欄もあって、主に改善点を記入できるようになっているようだ。いつも大体15分位だろうか、一通りの店舗チェックが終わると、今度は谷口店長を連れて各項目について説明していくのだ。まっ、悪い点を指摘するなんていうのは質(クオリティ)を別にすればさほど難しいことではないので、残念ながら店長は素直に返事をすることしかできまい。できていて当然、できていなければマイナス、プラス無き仕事ほど無情なものはないな。度々そう感じてしまうのは俺だけではないだろう。

 その後、バックルームにて打ち合わせが始まる。ここからが本番である。まずは先週の検証から。セールや取り組み商品、新商品の動向を確認する。谷口店長が自店の販売個数や金額、廃棄量を把握しているのは打ち合わせに際しての最低限の準備、織田SVはそれに加えて同地区の平均販売数や最高販売数などを補足していく。支給されているノートパソコンに色々な情報がアップされているのだろう。1人あたりのSVが担当するのは7~8店舗で、その店舗に関する詳細なデータはPCで確認できるし、地区の平均値も入手可能。SVの強みのひとつは店舗間の横比較ができるということだ。これは店長クラスでは手に入れることのできないデータ。絶対的な強みと言えよう。その後、検証は先週の結果から現在実施中の中間検証へ移っていく。

 検証を終えると続いて次週の取り組みへと話が進む。売れそうな新商品、特に力を入れて売っていくアイテム、お店の売上、利益を押し上げる商材の情報提供とその展開方法、そして何より発注数について打ち合わせ、すり合せを行う。そして沢山売るためには相応の数が必要で、例えば100売りたいのであれば発注数が100ということは認められない。ともかくこの発注数は最も身近かつ、数値で現れるために反論を許さない評価につながる。SVも店長も。だから発注数が少なかったり、万が一発注を飛ばしたりすると即座に織田SVから電話が入り、追加・修正発注の指示が出される。尤も織田SVも上長からの指示で、ということがほとんどなのだが。もちろん全ての新商品を導入するわけではない。毎週100種類前後の新規案内が届くので全部発注していたらお店がパンクしてしまう。会社として重要視する商品、PB(プライベートブランド)が多くを占める重点商品に関しては細かく話を詰めるようだ。

 実は数ヵ月後、俺も発注担当者として谷口店長と打ち合わせに参加させられてしまう。売上、利益を上げるべく俺様の担当する分類の単品をどう売っていくかとういことなのだが、俺様の話はまたの機会にするとしよう。

 

 さてこの織田SV、谷口店長のアドバイザーでお店にとって味方であることは間違いないのだが、傍で見ていて首を傾げたくなることも度々だ。もちろんSVも店長も目的は同じ。店の売上、利益を上げるという唯一無二の目的に変わりはないのだが、やはり立場が異なればそこに至るまでの過程も異なるということなのだろう。明らかに意見の食い違う場面も見受けられる。織田SV、谷口店長はともに本部の社員。一応立場的にはSVが上、店長が下ということはなくあくまで同僚とういことらしい。だからSVから店長への命令権はないということなのだが、店長からすれば指示や依頼に対してNOということは難しいだろう。人生でも社員としても織田SVが先輩ということになるし、持っている情報量にも差がある。情報を提供する側と享受する側では自ずと立ち位置が決まってしまうだろう。織田SVも店勤務の経験はある。どうして部下と上司の関係を明言しないのか、むしろ疑問だ。もちろん店側で困ったことがあれば谷口店長の相談を織田SVが受けることもあるのだが、店長からSVへのベクトルは報・連・相が9割5分。SVへ指示をすることはおろか、依頼をすることも稀。会社的にどうであろうと、一歩引いてみればSVが上で店長が下である。


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