1-A 予知能力
店舗経営で最も重要な仕事は何かという問いに『発注』と答える経営者は少なくない。発注、それは店の品揃え、納品数、在庫数を決める仕事で、発注にどれだけ時間を割けるかが精度の向上に結びつく。特に鮮度の短いデイリー商品(弁当やサンドイッチといった販売期限の短い商品)の発注ミスは命取りになりかねない。売れ残った商品は捨てられる運命で、その金額次第では1日の利益がブッ飛んでしまうこともある。一般に考えられているよりもずっとシビアなものである。
その発注を行う際、発注数の決め手のひとつとなるのが天気である。なるほど、俺達からすれば結界のひとつでも張って雨除けにと考えてしまうのだが、人間族ではそうもいくまい。不便だろうが面倒だろうが傘をさして、移動が制限されて、極力外出を避けて、精神的にも影響が出る。一部の特殊な立地を除けば客数・売上ともに減少する。だから、発注精度を上げるべく仮説を組み立てるのに天候を予測することができればこんなに心強いことは―――
何ッ!できるのか!?
「よし、GW(ゴールデンウィーク)は天気良さそうだわ。」誰にでもなく独り言をつぶやく谷口店長。心情をいちいち口に出すんじゃないと思いながらも応対してしまう俺。いつもであれば無視しておけばと後悔するところなのだが、今回については驚かされることになる。
「GWはお出かけですか?」
「残念、仕事ですぅ。5月の前年比は連休の売上にかかっていますから。晴れと雨じゃ大違い。どうにか晴れてくれそうだわ。」
「1週間も先の天気が分かるんですか。」
この問いが、今考えると大間抜けだった。
「ん~?一応SC(ストアコンピュータ)で、ほら。天気ボタンを押せば予報が出るようになっていますが・・・」
驚いた。あっさりとコンピュータの画面に天候予測が表示された。天候は基本的には雲の流れを追っているはず。必要は発明の母というが、行動が天候に左右される人間族ならではの発明。その点は認める、認めはするが。
「け、け、結構・・・あて、あた、当たりますか。」驚きのせいか、噛んだ。我ながら間の抜けた声と共に噛んでしまった。
「えっ、随分と変なことを聞くんですね。テレビの予報とそんなに変わらないと思うけど、頻繁に情報が更新されるから最新の予報を確認できるのはありがたいかな。」
答えになっていないぞ~、谷口。
「ほ、ほ、ほう、なるほど。確率としては何パーセントぐらいで当たるんですかね~?」
「本当に変な質問ばかりですね、今日の竹田さん。正確には分かりませんけど、どうかしら、7、80パーセントくらいなんですかね。」
高いではないか・・・
さらに気温。5月に入ったばかりのこの時期、朝晩はまだまだ肌寒い日が多い一方で、日中は日差しの暖かさを感じることができる。そうすると最低/最高気温の差が15℃、20℃となることもあり、人間族は注意しないと体調を崩すそうだ。軟弱というか何というか、これだけ正確な予報技術を持っている割に活かせていないのではないか。フム、話がズレた。谷口店長は特にこの時期、最高気温が重要だと言っていた。調理麺がどうとかこうとか呟いていたが、おそらくは蕎麦、そう麺の類が売れてくる。売上に占める割合が増えてくるということなのだろう。本当に人間族というのは、雑食の上にたかだか外気が数度異なるだけで食べるものを変える。面倒だと俺は思うが、店側からすれば稼げるかどうかの重要な問題のようだ。・・・ん、そうか。その気温までも予測できるのか、人間。ひいては客の購買行動を誘導する仕掛けにつなげる。それが発注なのだ。だから発注担当者はその日の天候、気温については当然熟知している。していなくては話にならない。もっと言えば発注日である前日の時点で調べがついていなくてはダメなのだ。天候と気温、それは発注を行う上で基本かつ最低限の情報。これなくしてコンビニ経営は務まらない。
そんなことで少しだけ、俺も天候と気温を意識し始めた。その日は連休前にもかかわらず気温が20度を超え、1日を通してよく晴れた。日中は汗ばむ陽気で暑さに慣れていない身体には幾分堪えるとのことだった。
この頃の俺はまだまだ細かい売上状況などは分からず、やれ弁当が売れたとか調理麺がどうとかまでは注意が及ばなかった。店長は、あと何時間でこの弁当が廃棄になるといった計算までしているのに。ただ、飲み物が次から次へと減っていった。どういったものが、例えばお茶なのか炭酸なのか、果汁系かニアウォーターかといった点までは気に止めることはなかったが、リーチイン(主にペットボトルや缶ビールが並べられている冷蔵庫。バックルームから裏側に入ることができ、ドリンクの保管と補充ができる)のドリンクが早いペースで消えていった。客の持ってくる商品群にドリンクの混ざっている割合が高く、複数購入する者や大容量のものを持ってくる者も多かった。何より昼ピーク後のドリンク補充にいつもの倍、時間を費やしてしまった(夕方以降の販売も見越して、とういこともあるのだが)。しっかし、缶からペットボトルへの移行、開けたら飲み干さなくてはいけない缶と、ペットボトルとでは利便性がまるで違う。だから販売にも結びつく。小売にとっても非常に便利と言えるだろう。
面白いほど天候・気温に左右される人間族。谷口店長がよくよく気にする理由も納得だ。一歩間違えれば、リーチインのドリンクが消滅してしまうのだから。それにしても。それにしても・・・だ。今の所は予報までのようだが、数百年内には天候の操作にまで手を出すことになるだろう。それが可能になるくらいの技術を今の段階で蓄積している。故に、予報の精度が高い。高すぎるのだ。だから―
「どうしました、竹田さん。今日はなんだか元気ないみたいですね。」
「いえ、そんなことないです。大丈夫です。変わりありません。」この女、なかなか見るところは見ているな。見えているな。伊達に店長を名乗っているわけではなさそうだ。う~ん、話を持ちかけてみるか。実の所、心配の種があるにはあるのだ。人間族に相談するなど俺のプライドが許さないのだが、今のままでは解決手段が見つからない。人間世界のことは素直に人間族に聞いてみる方が効率よく始末できるかもしれない。
谷口店長に笑われ、小馬鹿にされ、見た目よりも冗談が好きなんですねと包括された。何なんだ、占いって。そんなに大切な情報なのか。人間界では一般的な報道とともに天気予報を随時流す。地域別、時間帯別、さらに週間予報から最低気温、最高気温まで。人間族にとっては事件、事故、政治、経済などと同様に重要な情報なのだろう。1度ならず2度、3度、全く同じ予報を流す。んで、それと同列の扱いで占い結果を提示されれば、信じてしまうだろうよ。7割方的中するものだと考えてしまうだろうよ。ましてやビリだぞ、ケツだぞ、最下位だぞ。
「ゴメンナサイ、12位は乙女座のアナタ。何をやってもダメな一日」ときたもんだ。ふざけるな、今日という価値がまるで無になるのだぞ。心底やる気がなくなっても仕方なかろう。さらに駄目押し。
「でも大丈夫!ラッキーアイテムはピンクの下着。今日も天気にいってらっしゃい。」
全然大丈夫ではない。ラッキーアイテム、持っていてもいなくても、どちらにしてもダメだろう。っ言(つ)うか、持っていたら危なかろう。アウトだろう。元気に出かけられるか・・・ということで俺は占いが嫌いになった。もう信じることなどない。そうであるにもかかわらず念の為チェックしてしまうのは何故だろうか。まぁ今では気楽に、運試しのような感覚で見ているのだが、乙女座って、下位が多くないか。いっつも下の方だぞ。
【1-A 予知能力 終】
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