6-9 楽しいレッスン
一方、慎一もリストの超絶技巧練習曲の完成に向けて集中的に練習に励んでいた。真智子と同棲するようになったことで、慎一の持病のネフローゼ症候群も寛解状態を保ち、通学しながらの日常生活も支障なく、互いに協力し合う日々が続いた。真智子がそばにいてくれることが慎一にとって大きな心の支えであり、真智子にとっても、ピアノへの情熱を真摯に導いてくれる慎一のそばにいれることが心穏やかでかけがえのない幸せだった。
慎一も真智子も普段は大抵、大学の練習室もしくは家のピアノで練習していたが、都合がつく日にサクマピアノ教室に通うことになった真智子は美紀から卒業に向けての課題曲、ドビュッシーの『ノクターン』、クララ・シューマンの『バラードOp6-4』、グリーグの『ホルべルク組曲 』より『前奏曲 Op40-1』、シューベルトの『即興曲集 第3番 D 899 Op.90』について、指導を受けれることになった。
学外演奏会後、初めて真智子がサクマピアノ教室を訪ねた日は佐久間家のグランドピアノが置いてある部屋に通され、萌香が美紀の指導でピアノを練習している様子を観察した。萌香はすでに暗譜したいくつかの曲を間違えることなく楽しそうに弾いた後、真智子に向かって満面の笑みを浮かべると、得意げに言った。
「マチコせんせいにきいてもらうためにたくさんれんしゅうしたの」
「間違えないでよくできたわね。これから真智子さんがいらっしゃる日は真智子さんにレッスンをしてもらいましょうね」
そう言うと美紀は真智子に『ハノンピアノ教本』、『ブルグミュラーの25の練習曲集』、『バッハの小品集』の楽譜を見せながら、萌香のピアノのレッスンの進捗状況を伝えた。
「あっ、おばあちゃん、それから『ソルフェージュ』も!」
「そうね。じゃあ、真智子さん、『アマリリス』の主旋律を弾いて萌香と一緒にドレミで歌ってくださる?メトロノームも使ってね」
美紀はソルフェージュの中の『アマリリス』のページを開いて譜面台に置き、メトロノームをセッティングした。
「はい。じゃあ、萌香ちゃん、一緒に歌おうか」
咄嗟のことで緊張しつつ、真智子は萌香に笑いかけた。
「はい!」
「メトロノームが4回鳴った後に続いてね」
「はい!」
—カチ、カチ、カチ、カチ
ソラソ〜ド、ソラソ〜、ララソ〜ラ、ソファミレミ〜ド、ソラソ〜ド、ソラソ〜、ララソ〜ラ、ソファミレド〜♪
ソ〜ソ〜ソ〜、ソ〜ソ〜ソ〜、ソ〜ソ〜ラ♭〜ソファ、ソ〜ファミ♭ファ〜ミ♭レミ♭、ミ♭ファソ〜ソ〜ソ〜、ソ〜ソ〜ソ〜、ソ〜ソ〜ラ♭〜ソファ、ファ〜ミ♭ファソ〜♪
ソラソ〜ド、ソラソ〜、ララソ〜ラ、ソファミレミ〜ド、ソラソ〜ド、ソラソ〜、ララソ〜ラ、ソファミレド〜♪
萌香はアマリリスの音階をすっかり暗記していたらしく、楽しそうに歌っていた。萌香と一緒に真智子も少しこそばゆいような気分で歌った。
「マチコせんせいとうたうとたのしいね!やくそくどおりモカのピアノのせんせいになってくれてモカはとってもうれしい!ピアノがもっとひけるようになるようにたくさんおしえてね!うたもいっしょにうたおうね」
歌い終えると萌香は満足気な笑みを浮かべた。
「はい!楽しくレッスンしようね。それからね、私も萌香ちゃんのおばあさまからピアノを教わることになったのよ」
真智子も萌香に向かって微笑みかけた。
「それじゃあ、モカもいっしょにきいてるね」
「えっと、その前に真智子さんにスタッフを紹介しておくわね」
美紀がそう言ったちょうどその時、部屋の外で待ち構えていたスタッフらしき5人が部屋の中に入ってきた。
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