7-10 響き渡るピアノの音色
—スタッフが帰った後、真智子は萌香を心配している美紀と諒と慎一の話し合いに加わった。
「実は今日の『アヴェ・マリア』はドイツにいるユリアからの依頼だったんだ。萌香に『アヴェ・マリア』を弾いてあげてくださいって。私も教会で『アヴェ・マリア』を歌っているからってね」
諒が真剣な表情で真智子に向かって言った。
「そうだったんですね。萌香ちゃんにもきっと諒さんとユリアさんの想いが伝わったと思いますよ。萌香ちゃん、ほんとうに良い子ですから」
「さっき萌香が少し目を覚ました時にユリアの気持ちを伝えたら、モカ、うれしかったよって笑ってた。それから、モカも『アヴェ・マリア』をピアノでひけるようになってパパとママにきかせたいって言ってたから、真智子さん、教えてあげて欲しいんだ。きっと真智子さんなら、萌香に優しくレッスンしてあげれると思うから」
そう言うと、諒は真智子にクリスマスコンサートで演奏した『アヴェ・マリア』の楽譜を渡した。
「真智子さん、よろしくお願いします。私だとなんだか厳しいレッスンになってしまうの。今の萌香には優しいレッスンが必要だと思うのよ」
美紀も目頭を押さえて頭を下げた。
「はい、わかりました。それで、私もせっかくピアノ動画作成に挑戦していますし、そのうち、ユリアさんに萌香ちゃんの練習風景を送れるように頑張ります!」
「実は今までの分はもう送ったんだけどね。ユリア、とっても喜んでいたよ。日本にいた頃と比べたら、すっかり元気になったみたいで良かった」
「ユリアも母親なのね。ドイツに帰ってしまったことはまだ許せないけど、萌香の母親はユリアしかいないから。元気になったことは萌香にとっては良いことね」
「そのうち、もしできたら、ユリアとオンラインで話す機会も作ろうと思っているんだ。真智子さんも慎一もその時は萌香のそばにいてくれたら、助かるよ」
「はい。私なりにこれからも萌香ちゃんの心の支えになれるよう頑張ります!」
「僕の心の支えも今まで通り、お願いね」
慎一がポツリと呟いた。
「もちろん。あっ、リストの『超絶技巧練習曲』のピアノ動画も少しずつ撮影しないとね。まだ、コンサートホールでの卒業演奏も控えているし、なんだかこれからどんどん、忙しくなりそう!」
皆で談笑しながら、真智子は気持ちが引き締まるような思いでいっぱいだった。
——そして、冬休みになって、萌香とユリアのオンラインでの対面は実現した。画面の中のユリアは修道服を纏ってどこか神々しかった。ユリアはこの日のために覚えた片言の日本語で萌香に話しかけた。
「モカ、ママです。こんにちは」
「ママ、モカです。こんにちは!!」
ふたりはそのまましばらくずっとにこにこして微笑んでいた。
「ママはきょうもおいのりしてました」
しばらくするとユリアは思い出したように言った。
「あっ、ママ、モカはマチコせんせいといっしょにたくさんピアノをれんしゅうして、ブルグミュラーの『アヴェ・マリア』をひけるようになったよ。いまからきいてください!」
萌香は嬉しそうにピアノに向かうと大きく深呼吸した。真智子は萌香がピアノを弾いてる姿が映るようにカメラを向けた。諒と慎一と美紀も萌香にあたたなまなざしを注いでいる—。
萌香が弾くピアノの音色は萌香の心の音を奏でるように明るく優しく澄んだ音で響き渡った—。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます