7-5 せきれい

12月に入ると真智子は学内の卒業試験に向けて課題曲を完成させるためにラストスパートで猛練習に励みつつ、サクマピアノ教室へ行き、美紀からピアノの指導を仰いだり、萌香とのレッスンも続け、スタッフたちともすっかり馴染んでいった。


 美紀の指導は少し厳しかったが真智子の長所を伸ばそうという情熱に溢れていた。課題曲のドビュッシーの『ノクターン』、クララ・シューマンの『バラードOp6-4』は比較的ゆったりとした曲想で奏でられるが、グリーグの『ホルべルク組曲 』より『前奏曲 Op40-1』はトッカータや急速でリズミカルなテンポが印象的。そして、シューベルトの『即興曲集 第3番 D 899 Op.90』は細やかで美しく格調が高い。曲想と内面の情緒が一体化してこそ、曲の美しさと奏者の音楽への情熱が引き出される—。心を込めて奏でる音には魂が宿る—。美紀は聴き手の心に訴えかける曲想を追求するという音楽の本質的な魅力を重んじ、けっして妥協しなかった。真智子は美紀の指導を受け、曲の奥深さを学べることが嬉しかったし、気持ちを引き締め練習に望んだ。


「マチコせんせいのピアノ、どんどんやさしくなっていくね」

真智子が奏でるピアノをそばで聴いていた萌香はうっとりとした夢見心地の表情だ。

「綺麗な曲ばかりだから、優しく弾けるようにたくさん練習してるのよ」

「モカもたくさんれんしゅうしてるけど、マチコさんのようにはひけないし、モカがひくピアノはすぐげんきになっちゃうの」

「モカちゃんは今は楽しく弾ければいいのよ。それに元気に弾けるってとても大事なことよ」

「そうなのかな」

「そうよ。ブルグミュラーの『やさしい花』も明るく元気に弾けたね」

「うん。でもいまれんしゅうしてる『せきれい』はすこしむずかしいの」

「せきれいって小鳥、萌香ちゃんは知ってる?」

「せきれいってことりなんだね。どんなことり?」

「えっとね、ちょっと待ってね」


真智子は鞄から携帯を取り出すと、セキレイの画面を出すと萌香に見せた。

「こんな小鳥よ」

「わぁ、かわいいね。そのうち、おさんぽしてるときにあえるかな?」

「きっといつか会えるわ」

「ホント?」

「今までもどこかから萌香ちゃんのこと、見てたと思う」

「そうだね!モカもことりはたくさん、みたよ。スズメとかツバメとか、タキせんせいにおしえてもらった。それからおおきなとりも!ハトとかカラスとか。カラスはくろくてこわいからちかよっちゃダメだって。セキレイはことりなのね。そういえば、あさ、おきるとないてることりもいるよね。ちかくまでとんできてくれないとわからないけど、いろいろなとりがいるね!」

「そうそう、そのうち一緒にお散歩しようね」

「はーい、モカ、たのしみにしています!ことりとかおはなとかおそとのこともおしえてくださいね」

「それでね。『せきれい』って曲はね、セキレイにいつか会える日のことを思い浮かべながら弾くと楽しく弾けると思うよ。はじめはゆっくりでいいからだんだんと速く弾けるといいね」

「そうだね。こんどれんしゅうするとき、そうしてみる。きょうはまだうまくひけないとおもうけどね」

「じゃあ、今日もハノンから弾こうか」

「はーい。ハノンはあんぷしたよ」


萌香は嬉しそうにピアノを弾き始めた。




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