7章 願いと祈り〜愛する人への想い

7-1 新しい命とともに

—真智子がグループページに登録したのを携帯で確認したのか、それまで静かに黙っていた村上多岐が声を上げた。


「真智子さんにお願いがあります!」

「はい……。どんなことですか?」

「私はこれからサクマピアノ教室を去る分際で恐縮ですが、萌香ちゃんのことが心配でこのノートを真智子さんに渡しておきたいと思いまして」

多岐は真智子に三冊のノートを差し出した。


「あっ、タキせんせいとモカのおたよりちょうだ!」

萌香が少し興奮気味に叫んだ。


「そうよ。モカちゃん。モカちゃんとの思い出が詰まったお便り帳だから、持って行こうかなと思ったりもしたんだけど、真智子さんに預けることにしたの」

「そう。じゃあ、モカ、マチコせんせいにみせてもらえるね。ありがとう。タキせんせい!」

「どういたしまして。そういうわけで、このノートに萌香ちゃんとの今までのことが記録されてますので、何かの時の参考のためにお渡ししておきます」

「ありがとうございます。萌香ちゃんのためにも後でよく見ておきます」

「モカのおえかきもあるんだよね」

「そうね。萌香ちゃんはピアノだけでなくて、絵も上手だよね。文字も書けるようになってきたし、これからは真智子さんに教えてもらってね」

「はい、タキせんせい。いままでありがとうございました」

萌香は多岐に向かって深々とお辞儀をした。


「萌香ちゃんとお別れするのは寂しいけどね。でも、実は…ね。私、お腹の中に赤ちゃんがいることがわかったの。だから、これからはお母さんになれるように頑張るね。今まで、萌香ちゃんと一緒にいれて楽しかったよ。また、落ち着いたら、遊びに来るからね」

多岐は涙ぐんでしゃがみ込むと萌香をそっと抱き締めた。


「わぁ、タキせんせいのおなかのなかにはあかちゃんがいるのね」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、モカ、そのうちあかちゃんにあえるのをたのしみにしてるから、タキせんせい、つれてきてね」

「そうね。モカちゃんにいつかあえるよう、私も頑張るね」

多岐はそっと立ち上がり、萌香から離れた。


「多岐さん、今までほんとうにありがとう。そして、おめでとう。元気な赤ちゃんを生んでね。私も萌香と一緒に多岐さんが赤ちゃんを連れて遊びに来る日を楽しみにしてるわ」

美紀も改まったように微笑んだ。


「はい。美紀先生。ピアノはもちろん、胎教も兼ねて続けます。しばらく、この子のためだけに弾こうかな」


「その前に引っ越しもあるのよね。安定期に入るまではくれぐれも無理をしないように。身体に気をつけてね。旦那さまにも頼ってね。では、スタッフの皆さん、今日のところはそれぞれの担当に戻ってくださいね。これから、多岐さんに代わって真智子さんのことよろしくお願いします」


「はい!」


多岐を除いたスタッフは一斉に返事をすると部屋から出て行った。


「では、私もこれで。今までほんとうにありがとうございました」

多岐が深々とお辞儀し、部屋から出て行った後、部屋には美紀と萌香と真智子が残された。


「あの、多岐さんの分もこれから頑張ります!」

静まり返った空気を打ち破るように真智子は咄嗟に声を上げた。


「真智子さんは真智子さんでいいのよ」

「そう、モカもタキせんせいとマチコせんせいのひくきょくがちがうのしってるよ!どっちもむずかしいよね」

「そうね」

美紀はふっと微笑んだ。


 美紀と萌香の仲睦まじい様子を見ながら、真智子はふたりのことをサポートできるように精一杯頑張ろうと心の中で決意を固めた。

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