6-3 演奏前の緊張
—そうこうする間にも客席は人で賑わい始めていた。
今日の演奏会にはまどかと母が聴きに来てくれることになっていた。修司はサッカーの練習試合と重なり父や弟も予定が重なり、聴きに来れないとのことで、少しばかり残念だったが、佐久間家一同が聴きに来てくれたことで、真智子は新たな心境に包まれていた。
舞台近くの席を陣取った後、真智子と絵梨は会場を見渡し、一緒にアンサンブルを組んでいる管弦楽メンバーのことを目で探していた。管弦楽メンバーとは後で合流することになっていたものの、その前に皆、揃っているかどうかを確認したかった。
—ちょうどその時、リーダーの仲田慶太が真智子と絵梨のところに小走りに近寄って来た。
「高木さん、長井さん、ここにいたんだ!他のメンバーもみんな来てるのを確認しているから安心して。今日はいつもの調子でよろしくね」
「はい、頑張ります!」
ふたりは声を揃えて言った。
「じゃあ、2番目の演奏に入る時には楽屋に来てね」
そう言うと、仲田はその場を立ち去った。真智子も絵梨も仲田から管弦楽メンバーが来ていることを聞いてほっと胸を撫で下ろした。会場が賑わうに連れて真智子も絵梨も緊張した面持ちになり、深呼吸しながら座っていた。
「マチコせんせい、エリさん、だいじょうぶですか?」
ふたりの様子をじっと見ていた萌香が心配そうに声をかけた。
「萌香ちゃん、ありがとう。ちょっとドキドキしているだけだから、大丈夫よ」
「そうそう、ちょっとドキドキしているだけよ」
真智子も絵梨も心配そうにふたりを見つめる萌香に向かって微笑みかけた。
—やがて、開演のブザーが鳴り、人の声が飛び交っていた会場は静かになった。
1番目の演目の幕が上がると4人のピアノ奏者が紹介され、舞台中央で挨拶した後、それぞれ2人ずつ、2台のピアノの前に座り、8手連弾の演奏が披露された。1曲めのエマヌエル・シャブリエの狂想曲『スペイン』も2曲めのモーリス・ラヴェルの『ラ・ヴァルス』も格調高く華麗な演奏で8手連弾の魅力が引き出され、2台のピアノのそれぞれの連弾が繰り広げられ、素晴らしい響きに会場は包まれた。真智子も絵梨も緊張しながらも気持ちを落ち着けるように演奏に耳を傾けていた。
そして、幕が降りて5分の休憩時間になるとふたりは立ち上がり、一緒に楽屋に向かった—。
「…やっぱり学内演奏会の時より緊張するね」
楽屋へと向かう通路を歩きながら、絵梨が真智子の様子を窺うように言った。
「うん。私、こんな大きな舞台に立つのは中学生の頃のピアノの発表会のとき以来かな。まあ、でも、ピアノを人前で弾く時はいつでも緊張はするよね」
「さっきの8手連弾は楽しそうだったね」
「ホント、楽しそうで引き込まれた」
—その時、通路を歩く真智子と絵梨を見つけた管弦楽メンバーの仲田慶太と竹田崇が後ろからふたりに追いついた。
「いよいよだね。高木さんも長井さんも緊張しないで、リラックス、リラックス!」
「そうそう、高木さんと長井さんがいつもの練習の成果が発揮できれば、大成功間違いなし!俺たちは合わせるだけだから」
4人で一緒に楽屋に入った。真智子と絵梨が楽譜を確認し、仲田と竹田がそれぞれ持ってきた楽器、ホルンをケースから出し、マウスピースを嵌めたりしていると、岡田美奈子と井上聡、佐々木睦の3人が一緒に楽屋に入ると、先に着いていた4人に向かって次々に会釈した。
「今日はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「みんな、いつもの練習のつもりでアンサンブルを楽しもう!」
リーダーの仲田が皆の気持ちを纏めるように声を上げた。
後から来た岡田、井上、佐々木の3人もそれぞれ持ってきた楽器、ファゴット、チェロをケースから出し、準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます