6章 アンサンブルの響き

6-1 アンサンブルのプログラム

 その後しばらく、お盆シーズンに入ったため、真智子と絵梨の管弦楽グループとのアンサンブルの練習はお休みだった。世間はお盆休みだったが、慎一はリストの超絶技巧練習曲に夢中になっていた。一方の真智子もドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』とシューマンの『アンダンテと変奏Op,46』を入念に練習していた。


 お盆明けとともに管弦楽グループとの練習も再開され、そして間もなく学外演奏会当日になった—。


 学外演奏会は公会堂を借りて一般にも公開される演奏会で、プログラムは学内演奏会での成果を考慮して構成されていたが、真智子と絵梨はAチームの3番目で演奏することになっていた。


<桐朋大学及び桐朋短大の管弦楽とピアノアンサンブルA—曲目プログラム>

1.エマヌエル・シャブリエ 狂想曲『スペイン』

モーリス・ラヴェル『ラ・ヴァルス』

2.モーツアルト『2台のピアノのための協奏曲K365』

 J.S.バッハ『2台のピアノのための協奏曲BMV1060 第1楽章』

3.ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』

 ロベルト・シューマン『アンダンテと変奏Op,46』

4.ホルスト 組曲『惑星』より「木星」

 ヴィヴァルディ『四季』春〜冬

5.チャイコフスキー『くりみ割り人形 Op71a』

 フランシス・プーランク『2台のピアノのための協奏曲ニ短調』


 その日は幸人が車で絵梨を迎えに行った後、慎一と真智子を迎えに来てくれることになっていた。約束の時間に幸人が迎えに来てくれて、一同で一緒に早めに会場の公会堂へと向かった。


 会場に着いて席を確保すると、佐久間諒と入口付近で合流する約束をしていた慎一だけそちらに戻った。真智子も絵梨も緊張に包まれながら、一緒にアンサンブルの演奏をすることになっている管弦楽グループのメンバーを探しつつ、会場に入ってくる人を目で追っていた。管弦楽グループとは2番目の演奏に入った時に楽屋で合流することになっていた。


「慎一さんはどこへ行ったの?」

慎一がいなくなったことに気づき、絵梨が真智子に尋ねた。

「佐久間諒さんと今日、合流することになってるみたいだから、探しに行ったんじゃないかな」

「えっ、そうなの!?」

「この間、佐久間さんの家に遊びに行ったこと話したよね。その時、演奏会を聴きに来るって約束したの。娘の萌香ちゃんやお母さまも一緒に」

「演奏会に聴きに来るってことまでは聞いてたけど、今、ここに来るなんて、なんだか緊張するね」

「そっか。絵梨は諒さんのこと知ってたんだよね」

「私が桐朋の小学校に入学した頃、佐久間諒君といえば六年生で児童会長だったし、とても目立ってて人気者だったからね。向こうは私のこと知らないと思うけど。それに小中高とお互い桐朋出身だったし、お母さまも確か桐朋出身だったよね。桐朋高校卒業後はドイツに留学したことも噂になってたし…」

「え!?絵梨はそんな頃から諒さんのこと知ってたの!?」

「知ってたけど、接点は全くなかったし、話したこともないから」


「じゃあ、その佐久間諒君と絵梨さんは幼馴染ってわけだ」

そばでふたりの話を聞いていた幸人が徐に言った。


「えっと、幼馴染なんてとんでもないです!向こうは私のこと知らないんですから、今日が初対面です」

絵梨は戸惑い気味に主張した。


「あっ、それに諒さんにはもう、萌香ちゃんっていう可愛いお子さんがいるので。今日も一緒に来るんです」

絵梨の様子が気になり、真智子も補足した。


「じゃあ、奥さんも一緒?」

「あっ、えっと、奥さんとはもう……。今、お母さまと一緒に萌香ちゃんを育てていらっしゃって」

「じゃあ、その佐久間諒君は子持ちのバツイチって訳だ」

「まあ、端的に言えばそうです」

「ごめん。つい仕事口調の冷たい言い方になって」


—その時、慎一の案内で会場に入って来た萌香が真智子たちの方に向かって歩きながら叫ぶ声がした。

「まちこさんたち、あそこにいるよ!!」

萌香の姿を確認した真智子は右手を伸ばして軽く振った。

「萌香ちゃん、こっち、こっち!!」

真智子を見つけて走り出した萌香の後に続き、諒と慎一と美紀が近づいてきた—。




 


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