5-8 萌香を囲んで

 美紀は今後のことについての真智子との話し合いが前向きに進められたことに満足したのか徐に立ち上がると窓辺に向かった。庭では萌香が慎一と諒と一緒に楽しそうにはしゃいでいる—。

「そろそろ、庭にいる三人に合流してピアノのお披露目会にしましょう」

「はい」

真智子も緊張気味に立ち上がった。


 美紀と真智子が連れ立って庭に出ると、萌香がふたりの姿にすぐに気づいて駆け寄ってきた。

「おばあちゃん、マチコさんとのおはなしはおわったのね?」

「ええ、真智子さんはこれから時々ここに来てくれることになったのよ。萌香のピアノのレッスンもそのうちしてくださることになったの」

「わー、じゃあ、マチコさんがモカのピアノのせんせいになるのね。タキせんせいとマチコせんせいとピアノのせんせいがふたりになるね!」

「ごめんね。多岐先生はもうすぐ引っ越すから来れなくなるの」

「そうなんだ……。タキせんせいとはおわかれなのね」

萌香は不意に寂しそうな顔で考え込むように俯いたが、すぐに顔を上げると、真智子に向かって、改まったように深々とお辞儀をした。

「マチコせんせい、モカ、ピアノのレッスン、これからもがんばるので、よろしくおねがいします」

「…えっと先ずはこれからお披露目会を楽しみにしてるわ」

真智子は少し照れたように萌香に微笑みかけた。


 その後、美紀の案内で諒と萌香と一緒に慎一と真智子はピアノ教室の2階のサロン風イベントスタジオの室内に入った—。


 40帖ほどの広さの室内にはグランドピアノが2台設置されていて、広々とした空間だった。室内はすでにクーラが聞いていて、ひんやりとしていた。

「椅子はここにあるからそれぞれ並べてくれるかしら?」

美紀はサロンの脇に設置してある倉庫の扉を開きそこから5人分の椅子を取り出した。諒が萌香と自分の分の椅子をグランドピアノから少し離れた場所に並べ、その隣りに慎一、真智子、美紀と続いて椅子を並べた。


「ピアノをひくじゅんばんはイスをならべたじゅんばんとおなじで、モカ、パパ、シンイチさん、マチコせんせい、おばあちゃんでいいよね!」

嬉しそうにはしゃいでいる萌香に諒が即座に応じた。

「OK」

「じゃあ、はじめはモカがピアノをひきます。バッハのメヌエットです!」


 萌香はお辞儀をすると椅子に座り、バッハのメヌエットを弾き始めた。萌香のメヌエットは萌香の性格を映し出すように明るく軽やかに室内に響き渡った。萌香の無邪気な演奏に聞き入る皆の表情は穏やかで、中でも諒はとりわけ嬉しそうな笑みを浮かべながら、愛娘がピアノを弾く姿に見入っていた。


 萌香が演奏を終え、椅子から降りてお辞儀をすると、皆が一斉に拍手した。

「まちがえずにひけてモカ、えらいでしょ!つぎはパパのばんだよ!」

萌香は演奏を終えてほっとしたような表情を浮かべた後、かしこまったように諒の隣りの席に座った—。


「では、次に私、佐久間諒がシューマンの『夕べに』を弾きます」

諒はグランドピアノの脇で軽くお辞儀をすると、椅子に座り、一呼吸入れるとシューマンの『夕べに』を弾き始めた。


 諒の奏でる甘やかな旋律に耳を傾けながら、真智子は慎一が初めてクリスマスプレゼントとして真智子に贈ってくれた楽譜がシューマンの『夕べに』だったことを思い出していた。


 演奏を終えた諒は軽くお辞儀し、皆の拍手を浴びながら、萌香の隣りの席に座った。

「パパのやさしいきもちがわかった」

萌香は大きく頷くと嬉しそうな笑みを浮かべた—。


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