5-7 承諾と進展

 美紀の話に心打たれていた真智子だったが、それだけに今回の話を真剣に考えなければと思い、戸惑い気味の内心を取り繕うように笑顔を浮かべた。


「萌香ちゃんのお世話って例えば、どんなことでしょうか?」

「ええ、先ずは話し相手になってくれたら嬉しいわ。それから、ピアノの先生として萌香のピアノの練習に付き添ってくれたり、指導したりすることで、真智子さん自身もピアノの先生としての仕事もできるし、他にも家庭教師のように萌香の勉強も見てくれたら、嬉しいわ。もしかしたら、初めは大変かもしれないけれど……。ふつうのピアノの先生とは違うし、家庭教師のような役割が多くなると思うの。それでもいいかしら?」


「えっと、そうですね。ほんとうに私でいいんですか?もし、私がお断りしたら……?萌香ちゃんとは今日、会ったばかりですし、きちんとお世話できるかどうか、自信がなくて……」

「その時は仕方ないから、他をあたるけど、さっき前向きに考えてくださるっておっしゃったわよね」

「前向きには考えてますが、ある意味責任がある仕事のように思ったので」

「そんなに深刻に考えなくていいのよ。それに母親の代わりになれと言ってるわけではないし、どこまでも私をサポートするという意味で萌香と仲良くなってくださったらありがたいわ。そして萌香の成長を一緒に見守ってくれれば嬉しい……萌香はハーフってだけでこれから世間に出ると特別視されることも多いと思うの。諒の時もホントに大変だったわ」

「そうですね……。わかりました。萌香ちゃんにもさっきお友達になるって言ったばかりですし、私なりにできることを頑張ってみます」


「それならよかった。嬉しいわ。ところで、真智子さんはまだ音大での課題もあるのよね。短大だとけっこうハードスケジュールなんじゃないかしら?」

「ええ、実はもうすぐ演奏会を控えていますし、スタッフとしてのお手伝いもその後から少しずつって感じにしていただければと思うのですが…」

「そういえば、もうすぐ桐朋音大主催のアンサンブルの演奏会の予定があるって聞いてるけどその演奏会のことよね。せっかくだからその演奏会も萌香と一緒に聴きに行くわ」

「きっとそのアンサンブルの演奏会です。演奏会に来てくださるのは嬉しいです!私は同じピアノ科の長井絵梨さんとの連弾にホルンとファゴットとチェロが加わったアンサンブルでドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』とシューマンの『アンダンテと変奏Op,46』に2曲を演奏します。プログラムには他に4組のアンサンブルの演奏もありますし、萌香ちゃんにとってもきっと楽しいひとときになると思います」


「そうね。萌香にもいい刺激になると思うわ。萌香が将来どんな道に進むかどうかはわからないけど、諒もそうだったけど、生まれた時から音楽に囲まれて暮らしていることは感性に良い働きかけがあると思うし、情操教育になっていると思うの」

「そうですね。音楽に囲まれて育つことは恵まれた環境だと思います」


 萌香のことを目を輝かせて話す美紀を見つめながら、真智子は美紀の気持ちに寄り添うことで自分なりに萌香のために何かできるのではないかと考え始めていた。そして、慎一と出会って、音楽への思いを深めるためだけでなく、慎一の心の支えになろうと今まで必死に頑張ってきたことをふと思い返し、慎一を通して出会った新たな関係も大事にできるよう頑張ろうと心の中で固く決意したのだった—。

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