5-6 美紀からの話
和やかな雰囲気での食事が進み、その間ずっとはしゃいでいた萌香は、お寿司の大皿がほとんど空になった頃、満足気な笑みを浮かべて言った。
「パパ、おにわですこしあそぼうよ!」
「そうだね。食休みに庭を少し散歩しようか」
諒の右手を掴んだ萌香と一緒に椅子から立ち上がった諒に続いて慎一と真智子が一緒に椅子から立ち上がったその時—。
「真智子さんはここでもう少しお話ししませんか?」
美紀が座ったままどこか懇願するような目線で真智子を見上げた。
「さっきのお話の続きですか?」
「ええ、真智子さんとふたりで話したいことがあって…。諒、萌香と一緒に慎一さんに庭をご案内して」
「OK。じゃあ、萌香と慎一と一緒にちょっと庭を散歩してくるね」
「おばあちゃんたちはいっしょにこないの?」
「おばあちゃんと真智子さんはお話があるんだって」
「ふーん。じゃあ、またあとでおひろめかいのときにね!」
「お話が終わったら、私たちもそちらに行くわ」
「じゃあ、話が終わった後にでも声かけて」
萌香に引っ張られるようにして諒はダイニングから廊下に出た。
「では、また後ほど」
慎一も真智子と美紀に向かって軽く会釈すると諒の後を追った—。
「引き止めてしまってごめんなさいね」
萌香と諒と慎一が部屋を出て行くと、改まったように美紀が言った。
「いえ、それより、話したいことってなんですか?先ほどのスタッフのお話と関係あることでしょうか?」
「ええ、まあそのことにも関係あるんだけど、萌香のことなの」
「萌香ちゃんのこと?」
「ええ、萌香の母親のことについて諒からどれぐらい聞いたかわからないけれど、今までは萌香は私たちの目の届くところで生活していたから、母親がいないことについては寂しい思いはあったと思うけど、あの子なりに我慢できたと思うんですけどね」
そこまで話すと美紀は一息つくように俯いた。
「諒さんからは萌香ちゃんのお母さんはドイツに帰ったと聞いてます」
「……何の前触れもなく、もうすぐ1歳の誕生日を迎えようとしていた萌香を置いて出て行ってしまったんですからね。当時はほんとうに大変だったわ」
「1歳の赤ちゃんって可愛い盛りですよね。萌香ちゃんも可愛かったでしょうね…」
「そう、夜泣きもほとんどなかったし、手のかからない良い子だったわ。そんな可愛い子を置いて出て行ってしまった母親の気が知れないけれど、私が何かと手を出しすぎだったかもしれないわね。後日、諒からふたりで話し合って離婚届は出したって言われて唖然としたけど、ノイローゼが原因でドイツに帰ったみたいね。親権は諒が得たようだけど、私に何の相談もなく勝手に決めてしまって……。諒ったら、母さんがいるから大丈夫だよね、なんてけろっとして言うもんだから、私も萌香の母親がわりになれるように必死で頑張ってきたの」
美紀は目に浮かんできた涙を隠すように目頭を抑えたので、真智子は一瞬、返す言葉を失い、黙って美紀の様子を見守っていた。
「ごめんなさいね。こんな話に付き合わせちゃって」
「いえ、美紀さん、萌香ちゃんのお母さんって言ってもいいぐらい若々しいですよね。萌香ちゃんがあんなに良い子なのは美紀さんが頑張ってきたからですね」
「だけど、お母さんではなくておばあちゃんですから、あの子に不憫でね。今までは幼稚園には通わせずに済んだけれど、小学校からは今までのようにはいかないから、早めに準備をしておかないといけないと思っているの。そのことをこれからスタッフになってもらう真智子さんには話しておかなければと思ってね。スタッフになる前から気が早い話をごめんなさいね」
「……萌香ちゃんのこと、とても可愛がってきたんですね」
美紀の話にすっかり聞き入っていた真智子はしみじみとした様子で答えた。
「そうなの。萌香のことではスタッフにもよく面倒を見てもらってここまでやってこれたんだけど、今までよく萌香の世話をしてくれたスタッフの一人が今度、ご主人の転勤で辞めることになったの。だから、真智子さんにはできれば萌香のことで専任になってもらえたらと考えているんだけど、いいかしら?」
真智子にそう問いかけた美紀の瞳は真剣そのものだった—。
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