5-2 諒の家へ

 諒の話が一通り済んで、しばらくソファーで寛いでいる間に慎一と真智子は身支度を整えた。昨日の演奏会ではスーツだったが、今日は大学生らしく慎一はシンプルなライトブルーのカラーシャツにスラックス、真智子は水色のワンピースに白いレースのカーディガンを羽織り、ふたりとも諒が音楽界で顔が効くと言っていた諒の母、佐久間美紀にできるだけ印象が良いようにと心がけ、爽やかな装いで身支度を整えた。

諒はその間、寛ぎながらも帰り支度を整えていた。

 

—そして、いよいよ出かけようという時になって諒が不意に呟いた。

「ところで、石神井公園には行ったことある?」

「そういえば、練馬で暮らすようになって、2年近くなるけど、まだ行ったことなかったな。真智子は行ったことある?」

「そういえば私も行ったことなかった!?光が丘公園へは家族や友達と遊びに行った思い出があるけどね」

「真智子さんは光が丘周辺に詳しいんだね」

「ええ、光が丘に実家があるので」

「じゃあ、練馬区内だし、どこかですれ違ってたことがあったかもしれないですね。私にとって石神井公園はまるで庭のように思い出のある場所なんです」

「私にとって光が丘公園は庭というほど近くはないけど、小学校ぐらいまではよく遊びに行ったわ」


「僕は奈良に住んでたからね」

慎一がぶっきらぼうに諒と真智子の話題に割り込んできた。

「奈良も観光名所がたくさんあっていい所だよね」

「そうそう、京都も奈良も海外では人気の観光スポットだよね。…とにかく、こうして今、三人で一緒に歩けるようになったのは音楽とピアノのお陰ですね。だけど、同じ練馬区内で暮らしていたのにコンクールで真智子さんを見かけたことがなかったのは不思議な気がするけれど…。年の差のせいかな?」

「私、光が丘のピアノ教室でのレッスンに通って、教室内の発表会には参加していましたが、コンクールには参加したことがなかったから…。それに担当のピアノの先生と合わなくて、中学の頃にピアノのレッスンは辞めて、慎一と会うまでは独学で練習していたので」

「そうだったんですね。でも今は音大に通っているんですよね。どこの音大?」

「えっと桐朋短大です」

「桐朋なら素晴らしい。母も理事を務めているからきっと喜ぶと思います。真智子さんは慎一と会えてよかったですね。私も慎一と会えてよかった。慎一が芸大で真智子さんが桐朋でふたりはベストカップルだね」

「とにかく、真智子は僕にとって大切な人だから……」

「うん。ふたりと話してみてよくわかったよ」


 マンションを出てから練馬駅までの道すがら、慎一と諒が並んで歩く間に入るように真智子が後に続き、そんな話が弾んだ。


 練馬駅に着くと西武池袋線で石神井公園駅までは快速で中村橋駅、富士見台駅、練馬高野台駅を通り越してすぐに着いた。その後は諒の案内で慎一と真智子は諒の母が運営しているという「サクマピアノ教室」と立て看板がある建物の前に到着した。


「ピアノ教室については後で案内するけど、1階に受付と教室があって、2階がサロン風イベントスタジオになってるんだ。先ずはこっちの主屋で萌香と母が待ってるはずだから—」


 諒はピアノ教室の横に広がっている庭の脇道を通って、諒たちが暮らしているモダンな家へと慎一と真智子を案内した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る