4-8 諒との会話

 リビングでソファーに座り、グランドピアノをじっと見ていた佐久間諒がふたりの方へ振り返ると軽く会釈した。

「おはようございます。すっかりお邪魔してすみません」

「諒ったら、突然、かしこまって何言ってんだよ。それより、紹介するよ。こちらが僕のフィアンセの真智子」

慎一はそう言うと、諒の隣りに腰掛けた。


「初めまして、諒さん。今から朝食を作りますから、ゆっくりしていてくださいね」

「君が慎一のフィアンセの真智子さん……ふたりのシェアハウスのお部屋に潜り込んでごめんね」

諒は真智子をじっと見つめた。諒のグレーがかった青い瞳に不意にぐっと引き込まれて戸惑った真智子は目を伏せた。

「いえ、まだ一緒に暮らし始めて3ヶ月ぐらいで……」

「君もピアノを弾けるんだってね。ピアノがふたりの縁を結びつけたって昨日、慎一から聞いたよ」

「ええ、まあ……」

「真智子はドビュッシーが得意なんだ」

慎一が真智子をフォローするように会話の間に入ってくれたタイミングに、真智子はすかさず言った。

「あの、今、急いで朝食を準備しますから、ふたりで寛いでいてくださいね」

真智子はキッチンでトーストとコーヒーとサラダの簡単な朝食の準備に急いで取り掛かった。


「ところで慎一、せっかくだからピアノを弾いて聞かせてよ」

「いいよ。じゃあ、リストの『愛の夢』でいいかな」

「いいね。朝のお目覚めにぴったりの曲だ」

グランドピアノに向かうと慎一はリストの『愛の夢』を弾き始めた。朝食の準備に取り掛かった真智子は慎一が奏でるピアノの音に耳を傾けながら、ふたりが出会った日のことを思い出していた—。


 慎一がピアノを弾き終えると諒は目を輝かせて大きな拍手を送った。

「流石だね。毎日、慎一のピアノが聞ける真智子さんが羨ましいですよ。昨日の慎一のラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番Op.18』もホントに素晴らしかった」

「ええ。ところで、朝食の準備が出来ましたので、こちらにどうぞ」

「真智子、さっそくありがとう」

「…じゃあ、遠慮なくいただきます」

ダイニングテーブルには三人分のトーストとコーヒーとサラダが並んでいた。慎一と諒と真智子はテーブルを囲んでそれぞれの席に着いた。


食事を始めた途端、諒がすぐに話し始めた。

「昨日、慎一とすっかり話し込んで今度、演奏会で一緒に連弾しようって意気投合したんです」

「それはいい話ね。諒さんのシューマンのピアノ協奏曲も素晴らしかったし。昨日は演奏会が大成功でほんとうに良かった。諒さんは今もどこかの音大に在籍されていらっしゃるんですか?それともプロのピアノ奏者ですか?」

「えっと以前、ドイツのデュッセルドルフにあるロベルトシューマン音楽大学に留学していたことはあるけど、今は医学部の学生なんだ」

「えっ!医学部に通ってるんですか?」

「そう。現在、筑波大の3年生。……それで、ピアノは筑波大の管弦楽団に所属して続けてるけどね」

「じゃあ、将来はお医者さまになるんですか?」

「順調に行けば、その予定だけど、今、悪戦苦闘してるところ。とにかく、いろいろあって、一念発起して医学も学んでいるんだ」

「そう、諒は偉いよな。尊敬するよ」

しばらく黙って諒と真智子の話を聞いていた慎一がしみじみと呟いた。

「偉いなんてことはないさ。慎一のような才能はないし、それに……」

そこまで言うと、少し考え込むように諒は黙った。


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