4-5 プログラムを手にして
母からの電話を切ると、真智子は軽食を作って夕食を済ませた後、今日の演奏会のプログラムを鞄から取り出した。
—慎一が帰ってくるまでにプログラムの曲目とピアノ奏者の名前を頭にインプットしておかないと—。
1曲めのモーツアルト『ピアノ協奏曲第21番』はモーツアルトらしい軽やかな旋律が印象的で真智子も耳にすることはあったが、まだ弾いたことがなかった。この曲だったら弾けそうかな?と思い、真智子は家の棚の中に楽譜がないかどうか探してみると、案の定、見つかった。
—慎一ならきっとすでに弾いたことがある曲よね。ピアノ奏者の福井朱音さんは確か黄色いドレスを着ていて可愛らしい雰囲気の人だったけど、年は私より上かな?どこの音大で留学先はどこだったんだろう?絵梨は知ってる人かな—?
モーツアルトというと子どもの頃に初球から中級にかけての曲をよく弾いた。メヌエットやロンド、変奏曲なども懐かしい—。
—今日の懇親会で慎一はこの福井朱音さんとは何か話したかな?どうだろう?さっき見かけた時は金髪の人と一緒に話し込んでたけど、あの人のこと絵梨は知ってるってことは、きっとピアニストとして以前から活躍してる人ってことよね。慎一も今日の演奏会でピアニストとしてまた一歩前進したってことよね—。
真智子はそう思いながら感慨で胸がいっぱいになった。
—えっと、それで、あの金髪の人が2曲めのシューマンの『ピアノ協奏曲イ短調Op.54 』を弾いた佐久間諒さんね。絵梨はシューマン漬けだし、そういえば聴き入ってたな。金髪だったけど、ハーフかな?慎一とは何を話し込んでたのかな—?
そう思いながら、真智子はシューマンの『ピアノ協奏曲イ短調Op.54 』の楽譜を探してみたが、シューマンについては『幻想小曲集』しか楽譜は置いてないようだったのでプログラムの3曲めに目を移した。
—それから、3曲めのセルゲイ・プロコフィエフ 作曲『ピアノ協奏曲第3番Op.26』って初めて聴いた曲だったけど、けっこう難易度高かったな。原田響子さん、堂々としていて、素敵だった。それから、4曲めのベートーヴェン作曲『ピアノ協奏曲第5番Op.73皇帝』も素晴らしかった。藤村英之さんの演奏も完璧だった。5曲めの島根律子さんのショパンの『ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11』も余裕の演奏だったし—。
真智子は慎一と一緒に控室に向かった時にすでに控室にいた島根律子が凛々とした表情でこちらに向かって微笑んだことを思い出していた。
—慎一もトリのラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番Op.18』を盛大に弾き終えて、カッコ良かったし、演奏会が大成功でよかった—。
再び感慨で胸がいっぱいになる一方で真智子は思った。
—私がどう頑張っても立てない舞台に慎一はすでに立っているんだわ。でも私もこうして慎一と一緒に暮らしているんだし、慎一のそばにいる限り音楽の道は続いていくんだからこれからも頑張らないと—。
真智子はゆっくり立ち上がるとグランドピアノに向かい、慎一と初めて出会った日のことを思い巡らせながら、ドビュッシーの『アラベスク』を弾き始めた。
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