4-4 慎一を待つひととき
真智子が外へ出ると真夏の暑い陽射しが降り注ぐ街はどんよりとした蒸し暑い空気に包まれていた—。
ひとりになった真智子の脳裏には華々しい舞台を飾った慎一の姿とともにT管弦楽団と息の合った美しい旋律に包まれた感動の余韻が蘇ってきた。高校の音楽室で初めて慎一の演奏を聴いた時から真智子は側で慎一の演奏を聴くのに慣れていた。そして、今日は初めて舞台上での慎一の演奏を聴いて、多くの人たちとその感動を共有した。慎一の演奏が素晴らしいことは解っていたが、舞台の上の慎一は輝いていた。そして、これからその輝きはどんどん増していくのだろう—。
—慎一の輝きを守っていけるようにもっと強くならないと—。
演奏会の余韻に浸りながら、真智子はまっすぐマンションに帰った。部屋に入ると慎一の母の形見のグランドピアノがお帰りなさいと話しかけてきたような錯覚がよぎり、真智子はそっとグランドピアノに触れながら呟いた。
「演奏会、大成功でほんとうによかった…」
その後、普段着に着替えると真智子はソファーで休みながら、少しうとうとした—。
今日のT管弦楽団とのアンサンブルの演奏会で慎一は他の奏者と肩を並べ、トリも努めて名を上げた。それまでもコンクールや留学先でも実績もあるし、今日の懇親会もきっと楽しんでいるだろう—。それに比べて私は高校時代はピアノのレッスンを辞めてから慎一に出会うまでは自己流だったし、慎一と出会って桐朋短大に入れるぐらいにはなって今も頑張ってるけど、今日のような素晴らしい舞台に立つことはきっとないだろうな……。でも、それだからこそ、次の絵梨とのアンサンブルは成功させないと。それに慎一のような華やかな舞台に立てなくても、慎一が一緒にステップアップしようと言ってくれているんだから、私も私の舞台を見つける努力をしないと—。
真智子はそう気持ちを引き締めるとピアノに向かい、練習を始めた—。
少し休憩して食事でもと思った真智子が携帯のメッセージを確認すると、案の定、慎一からのメッセージが届いていた。
—懇親会の後、二次会にも行くことになったから、少し遅くなるかも—。
—慎一、体調は大丈夫かな?羽目を外さないといいけど—。
そう思った真智子は急いで、返信した。
—体調に気をつけてね。慎一が帰ってくるまで待ってるからね—。
慎一は先日、20歳の誕生日を迎えたばかりで、アルコールを飲める年齢にはなっていたが、日頃から持病のネフローゼ症候群が再発しないよう気をつけていた。
—いくら演奏会の成功を祝う懇親会だからって羽目を外したりはしないよね—。
真智子は不安で居ても立っても居られない気分になったが、慎一だって、持病のことでは留学先で倒れた時に大変な思いをして身に染みているはずだからと思うことで気を取り直した。
—だけど、そういえば、綺麗な人もいたっけ。名前、何ていったっけ?絵梨は高校時代も頑張ってたから活躍している人たちのこと知ってるみたいだったけど。きっと今日は幸人さんとも楽しく過ごしたんだろうな。私だけひとりか—。
真智子がそんなことをぼんやりと考えていると電話が鳴った。発信元は母からだったので、真智子はすぐに応じた。母の話は演奏会が素晴らしかったことや慎一とこれからも仲良く頑張るようにということなどで終始、嬉しそうだった。
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