4-3 ラウンジでの団欒

 真智子たち三人がラウンジで寛いでいると、管弦楽団の集団がロビーを歩いてくるのに真智子は気付いた。慎一の姿を探してすぐに見つけた真智子だったが、慎一は金髪の青年と話し込んでいる様子だった。真智子が慎一の姿を目で追っているうちに集団はロビーから外に出ていった—。


 慎一のことが気になった真智子は無造作に立ち上がると絵梨と幸人に向かって言った。

「ちょっと、ごめん。すぐ戻ってくるから…」

 

 真智子はそのままふたりを置いて、ロビーの出口に向かって走り出した。ロビーの外に到着していた大型バスに管弦楽団の集団が乗り込んでいるのが見えた。慎一はすでに乗り込んだらしく、残り数人が乗り込むと扉が閉まり、バスは出発した。真智子はバスが走り去っていくのをしばらく眺めて見送った後、ラウンジの絵梨と幸人が団欒しているテーブルに戻った。


「真智子、どうしたの?」

戻ってきた真智子に絵梨がすかさず尋ねた。

「…慎一の姿を見かけたから、ちょっと見送ってきた。慎一、奏者の一人と一緒に話し込んでたわ」

「えっ、誰と話してたの?」

「…名前は覚えてないけど、金髪が目立つ人だったかな」

「あっ、じゃあ、シューマンの『ピアノ協奏曲イ短調Op.54 』を弾いた佐久間諒さんじゃないかしら」

「絵梨さんは彼のことよく知ってるの?」

幸人が突然、ふたりの会話に出てきた人物に興味を示すように尋ねた。

「よく知ってるっていうか……えっと、桐朋の先輩というか、演奏会でも見かけたことあったし。それからえっと……ほらっ、プログラムにも名前が載ってるでしょ」

「ホントだ。佐久間諒さん、名前は和名だけど、きっとハーフだね」

「そう、金髪だったし、顔立ちがハーフで目立ったよね。それに佐久間諒さんは私たちより年上よ」

「私よりは年下だな」

「それはもちろん、幸人さんより年上だったら…」

「私より年上だったら?」

「…なんでもない!?」

「絵梨さんの好みのタイプ?」

「えっ、そんなこと突然言われても…シューマン弾いてたから気になっただけです」


 真智子は絵梨と幸人がそんな話をしているのに耳を傾けながら、すでにテーブルに配置されていたオレンジジュースを飲み干した。絵梨と幸人は気が合って話も弾んでいるようだが、ふたりの15歳の年の差は友人としても気になるところだった。おそらく、絵梨も幸人もそれぞれ年の差のことは気になってはいるのだろう—。そう思いつつ、なんとなく真智子は自分がふたりにとってお邪魔虫のように思えてきた。


「私、今日はもう家に帰ります。絵梨と幸人さんはふたりはゆっくり食事してってね」

「あっ、じゃあ、車で送りますよ」

「いえ、まだ、明るいし、今日は電車で帰ります。絵梨も幸人さんも今日はありがとうございました」

「素晴らしい演奏だったって、慎一さんに伝えておいてね。私たちももうすぐだから、頑張ろうね」

「私も感動しました。絵梨さんと真智子さんの演奏も期待してます」


 真智子はふたりに向かって会釈するとラウンジからロビーを抜けてホールの外へと出た—。

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