4-2 聴衆の波
会場中が拍手喝采に包まれ、舞台の幕が降りると、演奏会の終了を知らせるアナウンスが流れ、人々は順々に出口に向かって歩き始めた。真智子と絵梨と幸人も人々の流れに乗って出口に向かい通路へと出た。
「私はちょっと慎一のところへ行ってくるから、絵梨は幸人さんとロビーで待ってて…」
絵梨にそう伝えると、真智子は楽屋の方へと向かった。
楽屋に着くと慎一は他の奏者と一緒にT管弦楽団の指揮者を囲んで集まっている様子だった。真智子は慎一の隣りに立つと小声でそっと言った。
「おめでとう。大成功だったね」
「ありがとう。今日はこれからT管弦楽団の人たちと懇親会があるみたいだから、真智子は絵梨さんと叔父さんと一緒に三人で食事でもして、先に帰っててくれる?家に帰る頃にはまた連絡するから」
「わかった。じゃあ、楽しんできて。また、あとでね」
真智子は慎一に向かって小さく手を振ると楽屋の興奮を後に通路へと出てそのままロビーへ向かった。
楽屋の中には自分の手には届かないどこか別世界のような空気が漂っていたのが不意に気になった真智子だったが、慎一はそのうち帰って来るのだからと気を取り直し、ロビーで待っていた絵梨と幸人の姿を見つけ笑顔でふたりの方へと向かった—。
「慎一君は打ち上げかな?」
「ええ、他の奏者の皆さまも揃って、楽屋に集まってましたから…」
「素晴らしい演奏会だったから、慎一君の実績にもなるんじゃないかな」
「慎一も留学先で倒れて帰国して療養後、芸大に戻って初めての演奏会が成功して、きっと大きな自信になったと思います」
「真智子さんの支えがあったから慎一君も晴れの舞台が実現したと思っていますよ」
「そうよ、真智子。ほんとうによかったね。慎一さんの演奏、今日、初めて聴いたけど、真智子の言う通りとっても迫力があったね。ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』をあんなに堂々と弾きこなすのは至難の技だと思うよ。トリとしても最高に盛り上がったよね」
真智子と絵梨と幸人が談笑しているところを田辺修司が通りかかり、真智子の肩をポンと叩いて言った。
「大成功でよかったな。また、そのうち聴きに来るから、慎一によろしく伝えておいてよ。真智子も頑張れよな」
「うん。今日は聴きにきてくれてありがとう。修司も頑張ってね」
「おっ、サッカーの試合も機会があったら、応援に来いよな。まあ、お互い忙しいけど、またそのうち連絡するから」
そう言って右手で軽く敬礼の仕草をすると修司は大学の友人達と一緒に連れ立って出口の方へと向かった—。
「真智子、今日はおめでとう!また、連絡するね」
修司達の後を追うように友人と一緒に歩いていた杉浦まどかも真智子に向かって手を振った—。
「私たちも食事でも行きましょうか。よかったら、私が案内しますよ」
「そうね。せっかくだから案内して」
絵梨と幸人がすっかり打ち解けている様子を微笑ましい気分で見つめながら、慎一も今頃はきっと懇親会で楽しんでいるだろうな—と真智子は内心思った。演奏会を聴き終え満足そうな表情で歩く聴衆の波に目を奪われながら真智子の心の中はいつしか止め処ない感動の渦で満たされ軽い目眩を覚えるほどだった—。
「あの…真智子さん、ちょっと顔色が悪いけど大丈夫ですか?」
絵梨がうきうきとしているのとは対照的に帰途につく聴衆の波を見つめながらぼんやりと佇んでいる真智子の様子が気になった幸人は真智子にそっと声をかけた。
「ホント、真智子、顔色が悪いけど大丈夫!?」
「えっ、そう?朝から緊張して疲れたのかな。演奏したのは慎一なのにね」
「…もしかして、熱中症とか!?」
「まさか、大丈夫だよ。ちょっとホッとしただけ」
「じゃあ、そこのラウンジで冷たい飲み物でも飲んでから外に出ましょうか」
幸人と絵梨と真智子の三人がラウンジの空いているテーブルの席に着くとウエイトレスがやってきたので、幸人はコーヒーを注文し、絵梨と真智子はオレンジジュースを注文した。
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