3-9 静かに広がる漣

—その時、突然、少し甲高い女性の声がした—。


「真部慎一さん、ここにいらっしゃったのね。あら、長井絵梨さんも!お久しぶりね!」

真紅のワンピース姿が一際目立つ一見令嬢風のその女性は周囲にすでに取り巻きのような男女を引き連れていた。


「あっ、白坂さん、他のみなさんも今日はわざわざ聴きに来てくれてありがとうございます」

慎一が丁重にお辞儀した途端、絵梨が慌てたようにふたりの間に入って会釈した。


「瑠璃さん、お久しぶりです!」

「あら、絵梨さん、真部慎一さんとお知り合いだったのね?…それで、そちらの方は…」

「えっと、こちらは桐朋短大の友人の高木真智子さん、それで、こちらは真部慎一さんの叔父さまの真部幸人さんです」

絵梨は急いで真智子と幸人を紹介した。


「初めまして、高木真智子さん、真部幸人さん。私、真部慎一さんと同級生で芸大音楽学部のピアノ科に所属しています白坂瑠璃しらさかるりと言います。長井絵梨さんとは高校の頃、同級生でした」


「初めまして。白坂瑠璃さん」

「初めまして」

真智子がお辞儀するのに続いて、幸人も軽く会釈した。白坂瑠璃はその様子をじっと見ながら言った。


「おふたりとも真部慎一さんと親しいのね。これからよろしくお願いします」

白坂瑠璃は真智子と幸人に向かって深々とお辞儀をすると、慎一の方へ向き直って言った。


「では、真部さん、今日は楽しみにしています。芸大生にふさわしい素晴らしいトリを演じてくださいね」

そう言うと、白坂瑠璃は他の取り巻きを引き連れてその場を去り、演奏会場に入るドアの方へと向かった。


—白坂瑠璃の後ろ姿を見ながら、真智子は絵梨に小声で言った。

「もしかして、あの人が以前、絵梨が言ってた社長令嬢?」

「うん。そう」

「流石、綺麗で貫禄がある人ね」


—その時、また清楚な雰囲気の女性を連れた一際背が高い好青年風の男性が絵梨に向かって声をかけてきた。

「長井さんも来てたんだね!」

「あっ、長谷部先生…」

絵梨は少し縮こまるようにお辞儀した。


絵梨の縮こまったような様子に気づいた幸人は咄嗟に言った。

「こちらは…?」

「私は長井さんのピアノを師事した長谷部ですが、あなたは?」

「私は今日のプログラムのトリを務める真部慎一の叔父の真部幸人と申します。絵梨さんとは最近、慎一と真智子さんからの紹介で知り合いました」

「そうですか」

長谷部は幸人にさっぱりとした笑顔を向けた。


「あっ、私、絵梨さんと桐朋短大でアンサンブルを組んでいる高木真智子と言います。絵梨さんとはすっかり仲良くなって、慎一さんや幸人さんと食事をご一緒したりして…」

「そうだったんですね。長井さんも桐朋短大で頑張ってるんですね。そういえば、今度、桐朋短大の学生たちのアンサンブルの学外演奏会があるって言ってたね」

「はい。長谷部先生はその時も聴きにくるんですか?」

「一応、その予定だけど」

「…先生が聴きに来てくださるんなら、頑張らないと!」

「楽しみにしてるよ。…では、今日の演奏も楽しみにしています」

そう言って長谷部和也が会釈すると、続いて隣りの女性も会釈し、ふたりは連れ立って演奏会場に入るドアの方へと向かった。


 こうして、まだ演奏会が始まる前からまるで静かに広がる漣のように音楽を通して知り合いが増えていくことに真智子は内心、緊張を覚えつつ、慎一や絵梨の様子を見守っていた—。

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