3-7 ボディガード
—ウェイトレスが去ると幸人がすかさず言った。
「それで、さっきの続きだけど、理由を教えてくれるかな?私に頼みやすくてこんな相談事をしているのはわかったけど、わざわざこんな風にお願いするのには他にも何か理由があるからだと思うんだけど」
「はい、えっと……」
絵梨は失恋のことを幸人に今、ここで話すのは辛く、内心、どう返事をしようかと思いながら、俯いた。
「あっ、ごめん、ごめん。もちろん、今、話せないなら無理に話さなくてもいいんです。なんとなく気になっただけだから。じゃあ、食事にしようか」
「あの、えっと、最近、辛いことがあったんです。…それで、この間、真智子に励ましてもらって、慎一さんや幸人さんとも会うことになって…」
「そうだったんですね…。なんとなくあの日、絵梨さん、何か辛いことがあったのかなって思ってたんです」
「私はあの日、食事会も楽しかったし、帰りに幸人さんに送ってもらって、なんだか少しホッとして……。だから、演奏会の日も幸人さんが側にいてくれたら、緊張が解れるかなって思って……」
「わかりました。私でよければ」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、絵梨さんのボディガードってことで。しっかり側にいますよ」
「ありがとうございます…」
「私の方こそ絵梨さんのお近づきになれて嬉しいです。では、食事にしましょうか」
「お近づき…というか、こんな風に食事に誘ってくださって私も嬉しいです」
「演奏会、楽しみにしてますから」
「はい、頑張ります」
緊張気味ながらも幸人と絵梨はどちらからともなくスパゲッティを口にした。
—絵梨と幸人のふたりきりでの食事会のひとときは和やかに過ぎていった。そして帰りは弁護士事務所の駐車場に停めてあった車を取りに行き、この前のように家の近くまで幸人が絵梨を送った—。
—そして翌日—。
顔を合わせた途端、真智子はすかさず絵梨に尋ねた。
「昨日は幸人さんと楽しかった?」
「うん。楽しかったよ。幸人さん、私のボディガードをしてくれるって」
「えっ、ボディガード?」
「そう。演奏会の時、出来るだけ側にいてくれるって」
「そういえば、長谷部先生も奥様と一緒に聴きに来るかもしれないんだよね。幸人さんが側にいてくれれば、なんとなく絵梨も安心だね」
「うん。それでね、昨日の食事の時にもほら、昔、流行った映画でホイットニー・ヒューストンとケビン・コスナーが共演した『ボディガード』とか、『クララ・シューマン愛の協奏曲』とか映画の話題にもなって楽しかったよ。帰りもきちんと送ってくれたし」
「ごちそうさまでした」
「うん。幸人さんと話していると気持ちがホッとするの。なんだか頼もしいお兄さんができたみたいで嬉しかった。真智子と慎一さんのお陰で幸人さんに出会えて感謝してる」
ついこの前、高校時代に憧れていた長谷部和也に失恋して落ち込んでいた絵梨だったが、随分と立ち直り、幸人との食事を楽しんできたようだ—。絵梨の嬉しそうな様子に真智子も内心、ホッと胸を撫で下ろしていた。
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