2章 パートナーとの距離
2-1 それぞれの舞台
慎一も真智子も学内での発表会だけでなく、夏の一般公開の演奏会を控えていたので、その演目と課題曲の練習に明け暮れる日々が続いた。特に真智子にとっては一般公開の舞台上でピアノを弾くのは五年近く遡るので、内心、そのブランクを意識して必要以上に緊張していた。
真智子は中三の頃、進路として音楽科がある高校ではなく、普通科の都立高校への進学を決めた時点で音楽の道へ進むことを諦めかけていた。その頃、ピアノのレッスンについていた先生からは高校で音楽科に進学しなければ、真智子の実力では音大にはいけないと言われ、学費のことで両親にあまり負担をかけたくなかった真智子はピアノのレッスンも一旦止め、それからは独学でピアノの練習をしていた。そして、悩んだ末どうしても諦めきれず、自力での音大受験を目指そうとしていた真智子の前に慎一が現れ、ふたりで高校の音楽室でピアノの練習をする日々が始まり、ふたりでピアノを練習する中で真智子は慎一の音楽への情熱と才能にどんどん惹かれていったのだった。慎一も一緒になって熱心にピアノの練習に励む真智子の姿に亡き母の面影を重ね、一緒に歩んでいきたい思いを深め、こうして一緒に暮らせるようになったふたりだった—。音楽の道を諦めかけてピアノのレッスンをやめた頃のことを思い返すと音大に通い始めた今でも舞台でピアノを弾くことはどこか夢の中での未来のように真智子には思えるのだった。そして、そんな初心の思いを大切に絵梨や管弦楽メンバーとのアンサンブルの練習や卒業に向けての課題曲のレベルアップに励む真智子だった。
アンサンブルの曲目の『牧神の午後への前奏曲』も『アンダンテと変奏Op.46』も比較的ゆったりとした旋律で始まり、終盤に向かって少しずつ変調を連ねていく—。絵梨との連弾の練習を通して一つの楽曲をふたりで完成させることの楽しさを知り、そこに管弦楽が加わることで楽曲の味わいにさらなる広がりが生まれることを真智子は知った。
一方、慎一は日本ではコンテストで賞を取った経験もあり、リスト音楽院に留学した時にはハンガリーの舞台でピアノをピアノを演奏した経験もあったが、今回の管弦楽との共演は慎一が日本に帰国後の初舞台でもあり、持病のネフローゼ症候群が発症し、倒れて入院するという緊急事態を父や真智子の支えもあって乗り越え、芸大に戻った後の初舞台でもあったので、体力面でも気力面でも立ち直り本来の実力が発揮できるかどうか、そしてこれからピアニストとしての実績を高めていけるかどうかという意味で真剣勝負で挑む舞台でもあった。ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第二番Op.18』は慎一の音楽にかける情熱と意気込みを伝えるのにふさわしい協奏曲の中でも
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