1-9 偶然の再会
食事を終えたふたりは新宿駅に戻り、地下鉄の大江戸線で練馬方面に向かう真智子はJRで吉祥寺方面へ向かう絵梨と別れた。最近は夕飯の買い物のことを意識して早めに帰っていたので、夜の8時半をまわった新宿駅構内の雑踏の中を一人で歩くこと事態に日常生活から離れたような不思議な感覚がよぎり、真智子は慎一が待っていてくれる部屋がふと恋しくなった。そして、大江戸線のホームに立つとふっと高校時代の頃が脳裏を過ぎったその時—。
「あれ?もしかして、真智子?」
声の方を振り向くとそこには懐かしい笑顔があった。サッカー部のマネージャーをしていた時の昔馴染み田辺修司だった。
「こんな時間にこんなところにいて、大丈夫?慎一、待ってるんじゃない?」
「修司こそ、何でこんなところにいるの?」
「俺はふつうにサッカー部の練習の帰り。今、リーグ線に向けて練習中だから」
「そうだよね。相変わらず、サッカーに没頭してるのね」
「相変わらずじゃないさ、2年になってからは時々試合にも出れるようになったし、これでもけっこう成長したつもりなんだけど」
修司がそう言った時、電車がホームに入ってきたので、ふたりは電車に乗った。高校時代も練馬駅から光ヶ丘駅まで時々ふたりで一緒に帰ったことを思い出し、真智子は少しこそばゆい気持ちになった。
「それで、そっちはどう?音大は順調そう?」
電車に乗り込むと修司は言った。
「今はアンサンブルの練習の真っ最中。今日はピアノで連弾を組む友人と練習の後の懇親会ってとこかな?」
「そっか。順調そうで何より。慎一とも一緒に暮らせるようになって、良かったな。そうそう、それで、慎一の体調はその後、どう?」
「相変わらず、何気に気遣い細やかだよね。修司は。えっと、まあ、まだ通院中だけど、大学には行ってるし、難しそうな曲、練習してるよ」
「慎一も相変わらずだな」
「そう、さすが、芸大生って感じだよ。よかったら、今から遊びに来る?」
「まじか。まあ、急すぎるし、夜だから、遠慮しとくよ」
「ちらっとでも顔見たら、慎一、喜ぶと思うんだけどな」
「そうかもしれないけど……、俺も明日があるからさ、羽目外せなくてね」
「じゃあ、演奏会とか聞きに来る余裕は?」
「うーん、日程にもよるかな。そっちも試合、見に来る余裕はないだろ?」
「サッカーの試合、見に行くの、けっこうエネルギーがいるからね。でも心の中では今も応援してるよ」
「ほーらね。ま、慎一とも時々、連絡取り合ってるからさ、ふたりの結婚式には是非招待してくれよ。俺が出席できるように、なるべく予定が重ならないよう慎一にお願いしておくから。花嫁修行、頑張れよな」
「今も頑張ってるもん……」
真智子は一瞬、冷や汗をかきながら、照れて真っ赤になって俯いた。
「俺もその頃までには彼女、できてるかな?」
「あ、実はもう気になってる人がいるとか?」
「さあね。いたとしても真智子には内緒だよ。それにサッカー第一の俺のこと理解してくれる人とじゃないと上手くいかないと思うからね」
修司はそう言うと、少し考え込むように押し黙った。真智子も修司の考え込んでいる様子が気になってしばらく黙っていた。ふたりがしばらく押し黙っている間にも電車は練馬駅に到着した。
「じゃあ、私はここで降りるから」
真智子は修司に向かって言った。
「おっ、今日は久しぶりに話せて良かった。またな!」
「またね!」
真智子は電車から降りると修司に向かって手を振った。修司は真智子に向かって右手で軽く敬礼のポーズをした。やがて扉が閉まると電車は発車した。電車が遠ざかっていくのを見送りながらふとよぎる寂しさを振り切ると真智子は慎一が待つふたりの部屋へと急いだ。
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