1-8 自分の居場所

 ジェノベーゼを口にしながら、真智子は慎一と暮らしていることを絵梨に話すのはまだ先にしようと思った。でも、このまま親しくなれたら、音楽を通して付き合いが長くなりそうだし、慎一と絵梨が演奏会などで顔を合わせる日も近いかもしれない。それに絵梨の憧れの先生とも!?


—そんなことを思いながら、音楽を通しての世界がじわじわっと広がり絵梨との関係も打ち解け始めたことを俄かに実感する真智子だった。思い返せば、去年の今頃、慎一から留学の予定を告げられたのだった。あの頃は慎一とのこともあったし、桐朋短大での課題をこなしていくのに精一杯の日々だったし、慎一の留学後も慎一からの連絡を待ってどこかそわそわとした毎日で、それほど親しくなれる友人もいなかったが、絵梨とは初めて連弾の練習をした日からどこか息が合う—そんな思いを真智子が巡らせていた時、お喋りな絵梨が再び話し始めた。


「真智子さん、また、考えごとしてるでしょ。まあ、いいけどね。スパゲッティ、美味しいし。ところで、私と真智子さんがアンサンブルで連弾組めたのって、みどり先生のお陰だったって、真智子さん知ってた?」

「えっ知らなかったわ」

「私がみどり先生に高木真智子さんと連弾してみたいってお願いしてみたんだ。そしたら、みどり先生が高木さんと長井さんならいい組み合わせねって言ってくれてたから、きっと選考会で提案してくれて、通ったんだと思う。だから、真智子さんと連弾組めることがわかったときはとても嬉しかった。私、桐朋高校の時からの知り合いはけっこういるんだけど、さっき話した芸大の友人の取り巻きの一人だったし、彼女は芸大に進学したし、他の友人も桐朋大学に進学したからね。真智子さんは短大から大学に編入しないの?」

「今のところ、大学への編入は考えてないわ。卒業後はアルバイトでもいいからピアノ教室の先生とか、音楽療法関係の仕事にでもつけたらって考えてる」

「偉いのね」

「そんなことないよ。それに彼をサポートしていきたい気持ちの方が今は強いからね。あんまり無理はできないし」

「えっ、じゃあ、もう彼との結婚の約束をしてるとか?」

「ええ、一応ね。音楽の勉強も彼のそばでしていけるのが理想かなって考えてる」

「婚約してるってことだよね?」

「絵梨さんには特別話すけど、そうなの。彼とは婚約してるの」

「いいな、いいな。真智子さん、彼と婚約してたのね。じゃあ、結婚式の予定は?」

「それはまだ、これから。彼が彼のお父さんと一緒に家に挨拶しに来たのもつい最近だから……」

そう言いながら、真智子は内心、婚約のことをつい話してしまったけど大丈夫かな—と不意に思った。


「なるほど、芸大の友人、白坂瑠璃しらさかるりっていうんだけどね、瑠璃が一目でファンになったって言ってたけど、彼女、いるかもな〜っとも言ってた。その彼女が真智子さんだったってわけね」

「その瑠璃さんって人のことは慎一からは聞いたことはないわ。だけど、そのうち知ってるかどうか聞いてみようかな」

「ごめん。私、余計なこと言ったかな?そうだよね。真智子さん、気になるよね」

「そんなことないよ。でも、気にならないって言ったら嘘になるかな」

「うん。私が同じ立場だったとしても気になる。だけど、真智子さんならきっと大丈夫よ。高校時代から一緒にピアノを練習してきた彼なんでしょ、彼はきっと真智子さんにぞっこんなのよね」

「ぞっこんというか……、プロポーズしてくれたのは彼だからね。もちろん、私も彼のことが好きだったけど、留学した後、大変だったし」

「大変って何、何?」

「うん。留学先で倒れちゃったりとか……ね」

「えっ、そうなの?ごめん。やっぱり、私、余計なこと聞いてるよね?」

「そんなことないよ。それに今は帰国して少しずつ元気になってるからね」

「そっか。それで、真智子さん、忙しそうだったのね」

「……私、そんなに忙しそうに見えたかな?」

「忙しそうというか、少し近寄り難い雰囲気があった。でも今はこうして話せるようになったし、彼のことも教えてくれてありがとう。とにかく、アンサンブルを先ずは成功させようね」

「そうだね」

 

 真智子は快活な絵梨との食事を楽しみながら、ふっと高校時代、昼休みによく一緒に食事をした杉浦まどかのことを思い出していた。そして、その一方で自分の居場所が大きく変わったことを改めて実感し、こうしてまた新たな友情にも恵まれたことが嬉しい真智子だった。

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