1-5 絵梨と真智子の練習

 —リーダーの仲田慶太を先頭に管弦楽メンバーが練習室から連れ立って出て行った後、絵梨が真智子にポツリと言った。


「これからもう少し練習しようか。その後、久しぶりだし、ふたりでお茶でもしない?」

「さっき、食事に誘われたの断っちゃったけど、管弦楽メンバーの人たち、気を悪くしてないかしら?」

「あの人たち、今日は私たちの演奏だけ聞いて解散なんだから、食事に誘うなんて図々しいと思わない?」

「まあ、そう言われてみれば、そうだけど……」

「それに真智子さん、今日の予定は大丈夫なの?」

「ええ、まあ、今日から管弦楽の方も交えての練習だと思ってたし……」

「私もそう思ってた。食事会っていったって、あの人たちのことまだよくわからないのに何を話していいか、わからないでしょ。あの人たちはあの人たちで私たちがいなくても今日の私たちの演奏のこととか、なんてことない雑談とかで内輪で盛り上がってるわよ、きっと」

「そうね。でも少しずつ仲良くならないとね」

「とにかく、私たちの連弾に管弦楽メンバーが入ったら、どんな演奏になるかが問題だわ」

絵梨はどこかムッとした表情で言った。

「うん。次回の楽しみにしておきましょう。さっ、じゃあ、もう少しふたりで練習しよっか」

相槌を打ちながらも絵梨を宥めるように真智子は言った。


 さっそく、演奏予定のドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』とシューマンの『アンダンテと変奏Op,46』をふたりで何度か練習した後、絵梨は気が済んだのか吹っ切れた様子で言った。


「今日のところはこれぐらいにしておこうか」

「ええ、そうね」

「少しお茶していく?それとも一緒に食事もできそう?」

「絵梨さんは予定は大丈夫?」

「私は以前から真智子さんともう少し話したかったのよ。真智子さんずっと忙しそうだったでしょ」

「忙しいというか……」

真智子は慎一と一緒に暮らすようになってから、帰り道に買い物をする習慣になっていたためできるだけ一人で帰るようにしていた。

「……バイトとか、デートとか、お家のこととか、今日は大丈夫そう?」

「……ええ、そうね。今日は特に予定はないし、絵梨さんと一緒にお茶しようかな」

「わあ、よかった!嬉しい!」

「あ、だけど、ちょっと家に連絡するね」

そう言うと真智子は携帯を取り出し、慎一宛てにメッセージを送った。


—今日はアンサンブルを組んでいる友人と食事してくるから、夕飯は自分で用意してね。よろしくお願いします—


「お茶だけでなくて、食事ももちろん、OKだよね。私も家に連絡入れておこうっと」

そう言うと絵梨も鞄から携帯を取り出すと、何か入力している様子だった—。


 真智子もメッセージを送信後の画面をしばらく見つめていたが、慎一からの返信はなかった。

—きっと、そのうち届くかな—。

そう思いながら、真智子は携帯を鞄の中に仕舞った。


 その後、練習室を出て廊下を歩きながら、絵梨は真智子に訪ねた。

「仙川駅から吉祥寺方面にバスで行く?それとも新宿に出た方がいいかしら?」

「私は新宿に出た方が帰りは早いわ」

「そうだよね、ちょと残念。私は吉祥寺の方が詳しいんだ。でも新宿から吉祥寺もすぐだもんね。また、そのうちね。今日のところは新宿に行こ。小田急の上のレストランでいいよね」

「うん。絵梨さんにお任せするわ」

「お気に入りのカフェレストランがあるの」


 真智子は絵梨と話しながらも慎一のことが気になって胸がそわそわした。




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