第5話 照明の下



人だ。

淡い照明の下に人が何人もいた。

視線も、表情もわかる。

何か雑談をしている、グラスが照明に乱反射してチカチカと瞬く。

人の目が、ぬるりと光る。


「コント、おきぎりやさん」


隣から淡々とした声が聞こえた。

背中に回っていた手が、俺の尻に爪を立てた。


「いった…っ」


「いや〜〜俺さ、昔からおにぎり屋さんになるのが夢だったんだよ」


ふと視線を右にやれば、キツネの目がこちらを刺していた。口角はあがっていたが、笑っていない。爪が尻肉にさらに強く食い込む。

痛さに腰をよじり、距離を取ろうと一歩前に出るが、眉根を寄せたお年寄りにドキリとし、また一歩戻った。


「…おにぎりやさんになりたいこと…あるかな」


「なぁ、ちょっと夢叶えさせてくれないかな。俺、おにぎりやさんやるから、幸一くんお客さんやって」


「しょうがなしやで…」












結果といえば、散々だったと思う。


ノートに書かれていた文字はうろ覚えでも暗記することができており、目線を泳がせながらも声に出すことができた。

しかし、流暢にネタを喋る沖田と、まごついて喋る俺とではとてもテンポがいいとは言えない。

客は雑談を始め、男女グループで俺たちを指差し笑っていた。笑われることがこんなにも嫌悪感のあることとは思わず、ネタの途中にも関わらず泣きそうになる。


「やめさしてもらうわ」


お決まりの台詞で舞台を降りた。


灰色のカーテンをめくり、のそのそとバックヤードの床に座り込む。

なんだこの感情は、緊張がとけた安心感、人に嘲笑された嫌悪感、冷や汗に謎の達成感、拍手のない客席。


所謂これは、


「…スベり倒したなぁ」


それなのだ。



「おまえ…そんな淡々と何言ってんねん…こんな…二度とやりたくないわこんなん…」


今更拳が震えていた。

沖田は考えるようなそぶりをしてから、俺の前にしゃがみ込む。そして、

ガバリと抱きついてきた。


「??!な、?!」


「よくやったよ!初めてで全部間違えないで言えてたし、逃げなかったし、泣かなかった!ネタは結構まごまごしてた!けどツッコミのタイミングはすごくよかった!客席は冷えてたけどね!!」


抱きつく姿勢で背中をばんばんと叩かれる。

震えた拳は行き先がなく垂れ下がり、どうしていいかわからずにされるがままになる。


よかった?あの舞台が?


勢い良く体を剥がされ、沖田の顔が正面に来る。キツネの目は精一杯大きく開かれ、その瞳には俺だけが映っていた。彼は一息ついてから、


「客は冷えてたけど、俺は楽しかった」


と、笑って言った。

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