第4話 ヒカリ
ネタ帳、大学ノートだ。
指定されたページを開けば、右上がりの文字が、線を守りながらびっしりと並んでいる。
沖田さんはこちらを足と腕を組み、じっとりと見つめていた。
「…コント、おにぎりやさん」
声に出すと、低い声が早口で続く。
「突然だけど、俺、おにぎり屋さんになりたかったんですよ」
書かれた文字と同じ言葉だ。
下の段の文字を見ると同時に声に出す。
「おにぎりやさんになりたいことあるかな」
「ちょっと幸一くん、夢叶えさせてくれないかな、俺おにぎり屋さんにやるから、お客さんやって」
「しょうがなしやで…」
「次、きみらだよ」
降ってきた声を見上げると、大男が立っている。先程浮かない顔をしていたムックだとわかった。彼は俺の横に体育座りし、沖田を睨みつけた。
「どこで拾って来たかは知らないけど、あんまりわがままに付き合わせちゃダメだよ」
「…いま邪魔しないで赤坂さん。説教はあとで聞くから」
赤坂さん、と呼ばれたムックは溜息をつくと「よっこいしょ」と立ち上がる。
俺の背中を叩いて、口だけで「ファイト」と言って扉から出て行った。
舞台から女性二人組が戻ってくる。見たところ、親と同い年くらいではないか、胸の奥がわからない感情に波打った。
俺はこんなとこでなにしてんねやろ、その1ページを何回も反芻する。
相変わらず鋭い目つきは、俺を刺し続けた。
ジャッと灰色のカーテンが開く。
「はい沖田とお前、出番だよ!コンビ名は?」
舞台袖にいたスーツの男が陽気に声をかけてきた。出番だよ、の言葉にようやく出てきた現実感が体を硬ばらせる。
え、俺今からひとまえに出んの?
なおかつ、え、コントすんの?
首の裏が冷たくなっていく。汗をかいていた。
できるわけないやん。
沖田を見る。陽気な男に何かを伝えて、俺の腰を抱き、無理矢理に舞台に引っ張った。
マイクを通した明るい声が、何かをしゃべっている。なんだ、耳に土でも入ったみたいな
「新進気鋭のコンビ芸人!“ヒカリ”です!どうぞ!」
淡い照明が、首に刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます