12年間ループを繰り返したクラスメートが賢者モードになっていた件

陽乃優一(YoichiYH)

12年間ループを繰り返したクラスメートが賢者モードになっていた件

「出席番号1番、安積あさか菜摘なつみといいます。家の都合で、隣の県から……」


 ………

 ……

 …


「「「「「うおおおおおお!」」」」」

「ひっ!?」


 高校の入学式の日、最初のHRで私が自己紹介を始めたら、クラスメート全員から歓声が挙がった。そして、担任の先生は涙を流していた。


 ナニコレ。



「……ループ?」

「まあ、信じられないとは思うけど」


 私以外のクラスメート全員が私にだけ自己紹介するという奇妙なHRを終えた後、既に決まっているというクラス委員長、安藤あんどうくんから説明を受ける。他のクラスメートは、私達を取り囲んで興味津々な顔をしている。


 なお、担任の白鳥しらとり先生は、未だに教卓で涙を流している。ちなみに、担任はこのクラスが初めてという女性教諭である。


「信じられないというか……何が何やら」


 ループ自体は知っている。SFやファンタジーでは定番だし。でも、それが現実に起きていると言われたら、そりゃあ混乱もする。なにしろ、私以外のクラスメート全員+担任にそう言われたのだから。


「えっと、私以外、みんな同じ出身の中学とか……」

「うんうん、みんなで安積さんをからかってると思うだろうね」

「でも違うんだなー。というか、中学の頃って、だいぶ忘れちゃった」

「ですよね。なにしろ13年目ですから」

「……13年目?」


 近くにいた女子生徒、湯沢ゆざわさんと鳴海なるみさんが補足するように言葉をかける。


「つまり、私を除いたこのクラス……1-Cの生徒と白鳥先生は、12年間、毎年同じ一年を繰り返していたと?」

「実際には、僕らから変化が出るよう行動したこともあったから、全く同じというわけでもないんだけど」

「でも、学校行事とか、もっと大きいこと……社会情勢とか地震とかは全く変わらなかったよね」

「だね。……そうそう、これを1週間ほど見てもらえれば割と信じてくれるかも」


 そうして、安藤くんから渡された手帳には、向こう一年間の毎日の天気が書かれていた。1時間刻みで。



 1週間後。


「まだ信じられないけど……天気予報よりもはるかに正確だったし……」

「よしっ」


 穏やかにガッツポーズをする安藤くん。周囲のクラスメートもうんうんと頷いている。


 ちなみに、入学式から1週間、他のことでもびっくりさせられた。その最たるものが、実力テストの過去問・・・。本来の意味のそれではなく、12回ループして覚えた……という問題と解答のセットを、クラスメート全員(もちろん、私を除く)で手分けして密かに作成したというもの。


「あー、でも、テストではそこそこに手を抜いてね? そうだなあ、多くて9割くらいの正解を目指して」

「どうして?」

「2年目のループの時、ヒドい目にあってねえ……」


 なんでも、1-Cだけが全員どの科目も満点に近い点数を叩き出し、カンニングを疑われたらしい。しかも、新しくクラス編成された入学直後のことだったから、


「担任の私が疑われて……あの時は辛かった……ぐすっ」


 ヒドい目にあったのは白鳥先生だったようだ。



 私が概ね信じる気になった頃のある日のHR、委員長の安藤くんからあらためて『本題』が語られた。


 なお、本来HRで行われる周知連絡とか話し合いとかは、過去のループの間でほぼ固定されたとかで、行う必要がないそうだ。いや、私は初めてなんだけど。でも、委員とか何もしなくて済むのは楽か。


「というわけで、13周目にして劇的な変化が起きたことで、ようやくループから脱出できるんじゃないかって、みんな期待しているんだ」

「劇的な変化……私が、入学したこと?」

「そうだね。僕らの過去の記憶を照らし合わせても、この12周の間は、このクラス…というか、この学校に君が入学したことはなかった」


 天気とかとはレベルが違うけど、これまでの12周と比べたら、当初から全く異なる事象らしい、私の入学は。


「家の都合で、ということだったけど、どんな理由か聞いていいかな?」

「理由? えっと、中学3年の半ば頃に、お母さんが急にドバイに転勤することになったのがきっかけかな?」

「「「ドバイ」」」

「お父さんはデイトレーダーで在宅勤務だったこともあって、一緒について行くことになって。ひとりっ子の私もついてこないかって話もあったんだけど」

「「「デイトレ」」」


 ん? クラスの反応がなんか微妙だ。ウチの両親、そんなに変かな?


「私は日本に残りたかったから、親戚が住んでるこっちの県の高校を受験して、現在に至る、ってところかな」


 この経緯は、割とはっきりしている。選択の余地があったかというと、あまりなかったと思う。状況的にも、気持ち的にも。


「うーん、これまでの12周では別の高校に入学しただけなのか、それとも、親御さんと一緒にドバイに行く選択をしたのか……」

「それとも、そもそも御両親が出会っていなかったとか? 安積さん自身の存在がこれまでのループとは違うのかもしれませんよ?」

「いや、ちょっと待ってくれ。中3の頃にしろ数十年前の頃にしろ、そんな時期から違いが出ているなら、今年の4月を起点としたループになるのはおかしくないか?」


 わいわい、がやがや


 ……みんな、すごいなあ。一致団結して議論している。それだけ、ループから脱出したいってことなんだろうけど。でも、こうして議論して意見をまとめていくってスタイルに、みんな慣れているという感じだ。これが、12回も同じ一年を繰り返した結果なのだろうか。


「よし、意見は尽きないが、今できることは推測でしかない。今後は、安積さんの加入で起こった違いに注目していくことにしよう」

「意義なーし」

「ですね」


 今後の推移を見守る、ってことでいいのかな? 私は……何もしなくていいのかな。


「はー、でもなんか楽しみだなあ。何が起こるかわからないっていう、この感覚」

「久しぶりだよな。いや、本来はこうあるべきなんだよ」

「そうだね……そういう意味では、安積さんには、この一年で起きることはあまり知らせない方がいいかもね」

「え?」

「ああ、心配しなくていいよ。事故とか事件とか災害とか、そういうのはほとんど起こらない、平和な一年だったから。少なくとも、これまでの12周ではね」


 そっか。それなら、まあ。


「あ、もちろん、過去問・・・は渡すから」

「ほどほどに、ね……ほどほど、に……」


 白鳥先生が、切実に願っている。2周目でどんな目にあったんだろう……。まあ、実際確かにカンニングだし。丸暗記一辺倒は避けることにしよう。



 そうして、4月下旬に差し掛かった頃、何か部活動をしようと考え、クラスメートにおすすめを尋ねた。ちなみに、私は運動系、文化系、どちらもそこそこにおっけーという質だ。器用貧乏ともいう。


「お、それじゃあ、俺達が作ってる『国際社会研究同好会』に入らないか?」

「国際……え?」


 柿本かきもとくんが他数名のクラスメートと共に、そんなお誘いをしてきた。


「母親がドバイ赴任なんだろ? 社会情勢とか知りたくないか? 特に、中東圏の」

「あー……かも、しれない。でも、具体的にはどんな活動するの?」

「そうだなあ。たとえば、現地報道機関のWebサイトを読むとか」

「……アラビア語、読めないんだけど。お母さんもあいさつ程度で、他は英語でコミュニケーションとってるって言ってた」


 私自身も、英会話は普通にできる……と思う。出張付き添いやら観光やらで両親といろんな国に行ったこともあって、外国語を使うこと自体に抵抗はない。


「教えてあげるよ! 世界の主要言語はだいたいマスターしたから!」

「……へ?」

「時間だけはあるからねえ。記憶を保持してループする者の特権だよな!」

「そうねー。私はフランス語中心だけど」

「私は中国語! 北京官話と広東語の両方いけるよ!」

「はあ……」


 実益もありそうなので、お試し入会することにした。とりあえず、中東情勢に詳しい日本語Webサイトの情報と、アラビア語入門という本を渡された。


「半年くらい続ければ結構わかるようになるよ!」


 私までループに巻き込むつもりですか?



「運動系はループの恩恵があまりなくて……」


 陸上部を覗いてみたら、クラスメートの湯沢さんがいたので、国際社……長いから国研とか呼ぼう、その部活動の様子を交えながら訪ねてみた。


「これでも、ループのたびに頑張ってるのよ? 100mのタイムを縮めるためのあれやこれやの方法を試しまくって。でも、次のループが始まるとリセットされてるのよ! 筋肉が!」

「筋肉だけ?」

「そりゃまあ、トレーニングとかの経験は残るから、ループを重ねるごとにタイムは縮んでるわよ?」

「すごいじゃない!」

「年度末にようやく実感できる、って感じなのよ。しかも、最近の周回だとミリ秒とかそのレベルで」

「あう」


 でも、晴れてループから抜け出せれば、ぐんと伸びるのではないかと思う。あとは、優秀なコーチとか? この様子だとスパルタになりそうだけど。


「この周回ではまだ4月だからね、ひたすら走り込んで筋肉鍛えないと……!」


 ただの筋肉好きかな?



皆中かいちゅうは増えましたね」

「やっぱり、経験の積み重ね?」

「ですね」


 鳴海さんが弓道部だというので、興味はなかったけどループの影響を知りたくなって尋ねてみた。どうやら、弓道部は精神的な要素が大きいらしい。


「ですけど、やはり体の作りが元に戻るので、今の時期は辛いですね。それは、湯沢さんと同じでしょうか」

「でも、割と早い時期に前の周回の実力を取り戻すってこと?」

「はい。なんというか、経験した記憶を体に馴染ませていく? そんな感じで射続けていれば……といったところです」


 柔道とか剣道とか……力任せではなかなか敵わない競技は同様の傾向があるのかもしれない。


「じゃあ、大会は?」

「8周目からは、超高校級と呼ばれるようになりました」

「おお」

「でも、プロの類に進出するには、翌年度以降の活躍も必要になりますので……」


 それは、他の運動系も同じかな? 大会で無双、というわけにはいかないようだ。


「とりあえず、この周回でも全国は制覇するつもりです。この時期は、精進あるのみです」


 うーん。


 なんだろう、ループに関わったクラスメート達って、みんな意識高い系っていうか、向上心がハンパない。HRでの議論もそうだったけど、何かを極めようとしている感じ?



 ガラララ


「やったぜ、タイムアタックで1秒縮んだ!」

「なにい!? 俺はまだクリア時間にすらお前に引き離されてるのに!」

「ふっふっふ、集中力が違うのだよ、集中力が」


 ガラララ……


 ビデオゲーム同好会は、シューティングゲームのタイムアタックに興じていた。極めているのは確かだけど……部室の扉をそっ閉じ。



「じゃあ、国研のお試し以外は入らなかったの?」


 あ、安藤くんもやっぱり省略は国研なんだ。


「うん。別に嫌ってわけじゃないけど、どの部活動も、なんだか邪魔しちゃいけないような雰囲気があって……」

「でも、それってウチのクラスの生徒だけだよね?」

「……もう、割と有名だよ? 『1-Cはみんなすごい』って」

「えっ、そうなの!?」

「だから、私も同類……ごめん、とにかく、そういう風に見られちゃって、他のクラスや学年の生徒に敬遠されるというか」


 1-Cの誰かといつも一緒に体験していたからってのが大きかったけど。


「それは……これまでの12周の中でも気づかなかったなあ。あー、でもそうすると、ごめん」

「ううん、いいよ別に。どうしても部活動したいってわけじゃなかったし。それに……」

「それに?」


 うん、なんというか、ね。


「1-Cのみんな、仲いいし。放課後とか週末とかにも、お出かけに誘ってくれるし」


 そろそろ始まるGWの予定もかなり埋まっている。おすすめスポットてんこもりで、今から楽しみだ。


「ああ、それね……」

「?」

「いやね、初めの頃の周回では、結構仲が悪かったんだ、ウチのクラス」

「そうだったの!?」

「2周目からしばらくは、とにかく混乱が激しかったなあ。1-C関係者以外は誰もループのこと信じてくれなかったし、4〜5周目あたりは自暴自棄になったのも何人かいたし」


 白鳥先生、思い出し泣きしてたしなあ……。


「『どうせまたリセットされるんだ』ってヤケになって、4月から学校に来なくなっちゃったりしたのもいたし」

「うわあ」

「ちなみに、国研の柿本が親の金を盗んで諸外国を放浪した周回もあった」

「……」

「でまあ、それでも次のループは無情にやってくるから、みんなして常識のタガが外れやすかった周回もあったね。貞操観念が……いや、なんでもない」


 ……うん、最後の四文字熟語は聴こえなかったことにしよう。


「結局、どんなに無茶なことをしても、世界は大きくは変わらなかった。少なくとも、一年間程度では」


 安藤くんは、以前私に渡した天気予定・・の手帳を取り出して眺めながら、しみじみと語った。


「そんなわけで、8周目くらいからかな? だいたいみんな賢者モードになってしまったというか、いろいろと悟ってしまったというか。そうなると、いがみ合ってもしかたないじゃない?」

「なるほどねえ……」

「最近の周回じゃあ、完全に仲間意識が根付いてるね。お互いのことは知り尽くしてしまったところもあるし」

「私は、初めての一年だよ?」

「だから、いい刺激になってるんだよ。ループ脱出の期待も込めてね」


 私自身は結局、何も特別なことはしていない。クラスメートのみんなと楽しくお喋りしたり、いろいろと教えてもらいながらあれこれと体験したりしているだけだ。『過去問』も…ふ、復習には最適かな?


「やっぱりわからないままだけど。なぜ私が13回目に存在しているのか、そもそもなぜループは起きているのか」

「たぶん、今度のリセットの時期になにかしらはわかるんじゃないかな。ループを抜け出せるのか、安積さんを含めて14回目が始まるのか、それとも……」

「12回目までと同じく、私が存在しない14回目が始まる……とか?」

「それは……寂しいかな」


 私も、そう感じるかもしれない。その時の私がどうなってしまうのかはわからないけど、せっかく仲良くなったクラスメートと会えなくなるのだとしたら……。まだ1か月も経っていないのにそう思うのだから、このまま年度末までみんなと過ごしたら、間違いなく離れがたくなるような気がする。


「……ループから抜けられないなら、私も14回目がいいかなあ」

「安積さん……」


 ………

 ……

 …


 ガラガラッ


「あー! 安藤くんと菜摘ちゃんが放課後の教室でいい雰囲気になってる!」

「ダメだぞー、今日は帰りにみんなでカラオケ行こうって決めたじゃん」

「そうですね。せっかく近場に新規開店する日なんですから」

「本日限定、ひとり百円ぽっきり! ほらほら行くぞ!」


 わいわい


 うーん、ちょっと開け透けな気がしないでもないけど……うん、まあ、居心地はいい。


 とにかく、今日も明日も明後日も、楽しいことが待っている。入学する前は、近所にも学校にも知り合いが全くいなくて、どうなることかと不安だったのだけれど、今はそんな不安はない。


 たとえそれが、あと一年弱しか続かないのだとしても―――



 そうして迎えた、3月31日の、23:59。


 光陰矢の如し、というけど、そんなものではなかったと思えるほど、あっという間に毎日が過ぎていった。でも、楽しい思い出は、頭の中にぎっしり詰まっている。中学までのそれとは、比べられないほどに。


「さて、ここ数回では恒例になっていた……ああ、安積さんだけは違うね。とにかく、夜中の学校のグラウンドでみんなで年越しならぬ『ループ越し』をしよう、だけど」

「ループ脱出、ループ脱出! 神様、今度こそお願い!」

「そして神様、その後ボコらせて!」

「おーい、神様の機嫌を損ねるような発言は控えようなー」

「そうです! また実力テストかとトラウマ発動するのは地味にキツいんですから!」


 結局、2周目で白鳥先生に何があったか詳細を訊くことはなかったなあ。


 そんな感じで、クラスメート全員が自宅を抜け出し、高校のグラウンドに集まって4月1日になるのを待っていた。みんな、月明かりの下、腕時計やスマートフォンの時計表示を睨んでいる。私も、年月日が表示される電波時計を持ってきた。


 次のループに移ると、年表示だけがスムーズに変わるらしい。ちょっと見てみたいけど、そうならないのがベストだ。


 ピッ


「あと、10秒……」


 ピッ


「「……5……4……」」


 ピッ


「「「「3……」」」」


 ピッ


「「「「「2……」」」」」


 ピッ


「「「「「「「「1……!!」」」」」」」」


 ピッ


「ゼロ!」



 …

 ……

 ………



 ピッ、ピッ、ピッ


「年表示、変わらなかったよ! じゃあ、ループは―――」


 ………


 ピッ、ピッ、ピッ


「えっ……みんな、どこに……」


 ピッ、ピッ、ピッ


 グラウンドには、私―――安積 菜摘―――しか、いなかった。


「えっ……そん、な……なんで……」


 そうして、1分ほど呆けていた時だった。


 ズンッ―――!


「じ、地震!? えっ……大きい……!!」


 グラッ―――――

 ――――――!

 ―――………!

 ―…


 ………………………


「……収まった、の……? 長かった……」


 気がつくと、月明かりに照らされたグラウンドのあちこちに、亀裂が走っていた。校舎も、一部の壁が崩れている。


「これ、昔の大震災並だよね!? スマホは……あれ、普通に使える」


 いくつかのニュースサイト等を見たところ、確かに大きな地震だったようだ。……なのだが。


「え、震源地……この街の地下!?」


 ここは海から遠く離れていることもあって、津波による被害は皆無のようだ。過去の震災の経験から、携帯回線網が堅牢になっていたことによって、情報分断も避けられたらしい。


「とりあえず、家に戻ろう……」


 自宅である親戚の家は、幸いにしてほとんど被害がなかった。こっそり忍び込んだ自室の中の書籍類がヒドいことになっていたくらいだろうか。


 家の人達と無事を確認しあい、片付けが一通り終わった私は、なだれ込むようにベッドに突っ込んだ。ショックなことが続いて眠れないかとも思ったが、体は睡眠を欲していたらしく、すぐに眠ってしまい―――



 眠りから覚めた私は、まだ少し混乱している頭で、スマートフォンやテレビなどのメディアを使って、情報収集を行った。


「地震の被害者が……ゼロ!?」


 この街を中心とした酷い揺れが、半径100キロほどの範囲に渡ったにも関わらず、である。もちろん、物損は激しかったが、人的被害は、いずれもかすり傷程度らしい。


「え、報告レベルでゼロ? どういう……」


 リーーーン、リーーーン


「私のスマホに電話? メッセージアプリの通話じゃなくて……はい、もしもし?」

『菜摘ちゃん? 安藤です』

「安藤くん……の、お母さん!?」


 以前、彼の家にお邪魔した時に、家族の人達と念のため携帯電話番号を交換した。それを使ったのだろう。


『よかった、菜摘ちゃんにはつながって。ウチの息子がどこにいるか知らない?』

「……いえ、知りません」


 嘘は、ついていない。


『そう……。どうも、夜中に出かけたらしいのよ。地震が起きて、どこかに取り残されているんじゃないかって思うんだけど、連絡がつかなくて』

「そう、ですか。……私の方でも、探してみます」

『お願い! そっちも大変だと思うけど』

「いえ……」


 ピッ


「……いつかは、わかるよね。私以外の1-C生徒と、白鳥先生がいなくなってること……」


 スマートフォンを操作し、メッセージアプリを起動する。担任も入っている1-Cのグループに、メッセージを送る。


<みんな、どこにいるの?>


 既読数は、いつまで経っても表示されなかった。



 高2となった私は、もともと人数がひとり少なかった2-Aに組み込まれた。ウチの学校はクラス替えはせず、今年度『2-C』は欠番扱いである。


 新学期が始まるまでの日々は大変だった。なにしろ、特定の学校・クラスの生徒および担任教諭が、そっくり行方不明となったのだから。


『……本当に、知らないんです』


 詰めかけてくる親御さん達に学校関係者、警察、マスメディア、等々。でも、いくら私ひとりだけが行方不明になっていないといっても、答えようがない。たとえ、ループのことを話さなかったとしても。


 結局、私以外がこの街の出身であることと何か関係があるのではないか……ということが話題になり、それ以降、話は先に進まなかった。みんなの家族の方々には申し訳ないが、これ以上の何かは望めない。


「出席番号1番、安積あさか菜摘なつみといいます。家の都合で、隣の県から……」


 その後、私以外のクラスメート全員が私にだけ自己紹介するという奇妙なHRを終えた。状況も、自身の気持ちも、昨年度とは大きく違うのであるが。


 2-Aの生徒達とは、付かず離れずの人間関係を築いている。仲が悪いわけではない。昨年度の1-Cのみんなほどではない、というだけである。それは他の生徒もわかっていたから、相手も気を使っているという側面があったのかもしれない。


 なお、前もって天気がわからないというのは地味に困った。



 4月も半ばを過ぎて、少し落ち着いてきた。もっとも、それは私だけのことであり、行方不明となった生徒や先生の家族は、みんなをずっと探し続けている。状況が状況だけに、簡単には諦めないだろう。


「なぜ、ループは起きているのか。なぜ、私が13回目のみ存在したのか。なぜ、……」


 ループを抜けても、いや、結局私にはループの影響はなかったのだけど、何もわからないままだ。謎が増えただけかもしれない。


「……でも、『意思』を感じる。ループを起こしている誰か・・の……」


 地震の直前に起きる、リセット。それはおそらく、みんなを地震という災害に巻き込まないようにするためだ。そのために、そのためだけに、時空を操り、ループを引き起こす。いや、ループだけではない。それぞれの出生日時や住んでる場所までも操って、ひとつのクラスとしてまとめている。


「そんなことまでできる誰かでも、災害に巻き込まれないようにすることはできないってことなの……?」


 地震を起こさないようにすることが不可能なのはわかる。けれども、ならば地震の時だけ他の地域に移動させればいいはずだ。無茶かもしれないけど、ひとつのクラスとしてまとめるよりも、はるかに簡単なはずだ。


 でも、その誰かは、それを望んだ。クラスとしてまとめて、永遠とも思えるループを起こして、そして……


「そして、クラスのみんなのことと、4月1日の地震のことの両方を知っている・・・・・


 そんな人物は、ひとりしかいない―――



「教授、『時空転移技術』もだいぶこなれてきましたね。当初は、だいぶ不安定だったのでしょう?」

「そうだな。記録によれば、時空間が歪むだけならまだマシで、因果関係まで狂うこともあったそうだ」

「因果関係……想像もできないですね」

「それはそうだろう。因果関係を変えてしまえば、その変化そのものを認識できなくなるからね。タイムパラドックスの矛盾に対する答えのひとつだよ」

「えっ……それじゃあ、最初に転移技術を開発した人々は、どうやってその問題を認識できたのでしょう?」

「さあな。その辺の詳細は記録にないんだ。まあ、もしその因果関係のひずみを客観的に観測することができれば、もしかすると」

「できるんですか?」

「……そうだな、その歪がどんなものか、偶然でもいいから先に知っていれば・・・・・・・・、あるいは意図的に―――」

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