暇つぶしの人生
"暇つぶし"とは人によって方法が様々だ。
昔では畳の目を数えるとも言われたが今となってはスマホなどの普及により色とりどりなものとなった。
虚空を見つめて生きる彼もまた暇つぶしを毎日探していた。
濁った瞳に映るものはすべてがモノクロ。
光ともに鮮やかな色彩が網膜に映し出されても脳みそがそれをなかったことにする日々。
時間は有限で貴重なものだ。
有名な経営者などは何億という金銭を投げ売ってでも時間を手に入れたいと願う。
だが彼は違う。
毎日変わらぬ天井を見つめては、変わらぬ朝に気を落とし、変わらぬ日常を見つめて、変わらぬ夢に堕ちてゆく。
彼にとって人生は死ぬまでの暇つぶし。
そうではない時期もあった。希望あふれる未来へと目を輝かせ、胸を膨らませたこともあった。
夢を語り、現実と見比べては、浮き上がる矛盾や言い訳をつまみ上げ、そっと噛み締めて生きてきた。
食いしばる顎の力も緩んできた頃、彼の目からは光が失われた。
燃えたぎっていたはずの情熱は冷え切り、昂ぶるものを抑えきれなかった感情は奮い立たせても根を張って微動だにせず、実ることのない木を伸ばし続けていた。
彼は、枯れることは怖いと人一倍思っていた。
実際に自らの突端が枯れ始めたことを彼は認めたくなかった。みずみずしい葉をつけ、人一倍甘い果実を実らせるものだと思っていた。
しかしそれは叶うことはなかった。
まだまだ枯れていない枝葉もある。
しかし彼はそれを見ることができず、枯れた枝を見つめて絶望するしか無いのだ。
生命力のなくなっていく自らの先を見つめることしかできなかったのだ。
枯れていく自らを見つめながら彼は自らの成長を止める。
いや、もともと成長などしていなかったのかもしれない。
変化をできるだけ遠ざけ、距離を置き、ポッカリと空いた時間を埋める何かを探し始めた。
暇つぶしだ。
握りしめたスマートフォンは知識の泉であり、図書館であり、遊園地であり、キャバクラであり、カジノであり、映画館だった。
指先一つで広がる異世界に、彼は暇つぶしを求めた。
網膜を駆け巡る極彩色の世界を、彼は憧れと嫉妬を覚えつつ見つめることしかできなかった。
だが彼はどれだけ憧れても、どれだけ妬んでも、その世界に飛び込むことはしなかった。
それは恐怖というよりは、諦めだった。
目を閉じれば訪れる暗闇から目を逸らすためにすぎなかった。
所詮はただの"暇つぶし"
彼は今日も明日も、暇つぶしだけを追い求める。
自らに空いた塞がらない穴を少しでも埋めるために。
穴から流れて落ちてゆくものは計り知れず、塞ぐ方法もわからないままに。
すべてが流れ落ちたとき、彼に何が残るのか。
殺意か、嫉妬か、羨望か、恐怖か。
それは彼にも誰にも分からない。
何も変わらず太陽は昇り沈む。
押し出される者たちのことなど考えることはなく。
照らし出された景色に映る人々の中に、大きな大きな穴が空いた人間などいるとも思わず。
ただ夜は更け、明るくなってゆくだけだった。
ダメ人間の日常 たま @kyold12
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