お渡り(4)

「かしこまりました」

「先に行く」

「はい」


 ヨシマサが去っていく足音が遠ざかってから、アニは立礼を解くと、ユーリに向かって申し訳なさそうな顔をする。


「申し訳ありません。事情をお話ししたいのですが、陛下をあまりお待たせする訳にも行きませんので」

「勿論です。私の事はお気になさらず。後で、お話ししましょう」

「ありがとうございます」


 ユーリの言葉に礼を告げ、アニは待っていた郭女中の案内で移動を始めた。もう、フィエラの存在は眼中から消えている。

 近付いている部屋は、戸が開け放され、朗らかな談笑の声が漏れ聞こえていた。

 先を行く郭女中が中に声をかけると、小姓の少年が応じて、招き入れられる。


「来たなフィフィールズ」


 どうやら僅かの間に随分と仲良くなったらしい、にやりとした意地悪気な笑みでヨシマサがアニを出迎えた。

 イチは少し心配そうにアニの方を見ている。先の場面は見てないはずだが、ヨシマサが何か言ったのかもしれない。大丈夫だと告げる意味で微笑んでみせると、表情が和らいだ。


「しかし…面白かったな」

「趣味がお悪うございます」

「こればかりは仕方がない。あいつらの呆けたような顔を見ると胸がすくのだ、今更どうにもならん」

「?」


 ヨシマサの自嘲するような呟きに、イチは首を傾げる。彼女にはヨシマサが何を面白がっているのかも、あいつらも解らない。ただ、ヨシマサに気にするなと言われ、頷くだけだ。

 アニはそのイチの様子に少し安堵を覚えた。

 イチにはこの後宮に残り、ヨシマサの妻妾になりたい思いがある。だが、それは、あくまで彼女がヨシマサを知らず、ただ国王の妻妾という立場を望んでいるということだ。ヨシマサという人物に出会ってどう感じるかは、実際に会ってみなくては解らない。


(少なくとも互いに第一印象は良かったみたいね)


 ヨシマサは愛しそうにイチを見ているし、イチも戸惑うようではあるが嬉しそうだ。

 己の結婚も考えてないような自分が見合いの仲人のような真似をする日が来ようとは、と少し感慨深い思いが胸に湧く。とはいえ、全ては国王に仕える臣としての行動だ。貴族である以上仕方がない。


「陛下は今後どうなさるおつもりですか」

「イチを見つける事ができた以上この施策は成功した。まず、この後宮から全貴族身分の娘には退宮してもらう」


 失敗を判断するには東西南北の全郭を回る必要があった。だが、東郭で既に妻として迎える娘を見つけた以上、今回の後宮千紅制は成功をおさめた事になる。つまり、もうこの後宮を解散させる理由ができたという事だ。

 最悪失敗を判断するため四つの郭を巡る覚悟していたヨシマサは、思いがけずイチと出逢えた。もはや一刻の猶予も無く貴族に己の家から出て行ってもらいと考えている。


「全貴族ですか?」

「例外はフィフィールズ、それにオーナだな」


 自分とイチの出身領である伯爵家の名前が外れた事はともかく、ここは嫌いでものんでもらわなくてはと内心で溜息を吐いた。


「候爵家の皆様には、残っていただいた方がよろしいかと」


 イチを前に緩みきっていたヨシマサの表情が驚く程嫌そうに歪む。


「ほかならぬお前からの進言だから聞く。何故だ?」

「皆様はご自身がそれぞれに大きな力をお持ちです。残る事になる娘達の身の振り方を決めるに際して大いに頼みにできると思いますので」

「………そういうことか。まぁ、解った。それなら候爵家、フィフィールズ、オーナを除いた全貴族だ」


 嫌そうではあるが納得したらしいヨシマサの顔に、やはり暗愚ではないと期待を含む信頼が湧く。アニにとってはユーリと友誼を結べた事とヨシマサの資質を知れた事がこの騒動の収穫であった。

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