お渡り(3)

 しばらくの間、残された娘達は呆然としていたが、王の小姓から、百敷広間での謁見は終わりだと告げられる。

 アニは、末席にいた娘達に部屋に戻って寛いで構わないと退席を促した。せっかくだから、着飾ったまま行儀作法の復習をすると良い、と言うと、皆、戸惑いつつもほっとした様子で部屋に戻っていく。

 そんな娘達とは対照的に、伯爵位以上の令嬢達はその場を動こうとしない。いや、候爵家の三人は既に立ち上がって、戸惑う商家の娘達や子爵、男爵位の娘達に退席を促しているのだが。

 アニは、ユーリと話をしようと人が居なくなるのを待っていた。

 だが、ユーリではなく伯爵令嬢の一人が、アニの元へやってくる。その憎々し気な目にうんざりする思いを抱きつつも、退く理由もないので立ったままで待ち受けた。


「皆が家名を賭け懸命に尽くす中、奇を衒いまんまと己の子飼いの娘を陛下に差し出したつもり? 恥を知りなさいっ!」


 そう叫んだ伯爵令嬢に言葉を返す間は無かった。思い切り、頬を平手打ちされる。

 ぱぁんっ

と、音が響いて、アニは右下を見つめた。じんじんと左頬が痛いというより熱くなっていく。その赤らむ頬に己の左手で触れ、慌ててこちらに駆けてくるユーリが呼ぶ声を聞いていた。


「きゃぁ!」


 次の瞬間、ドタリと畳の上に伯爵令嬢が倒れこむ。

 アニが足払いをかけたのだ。

 その動作に気付いたユーリはすぐ側まで来ていたが、呆然と立ち止まる。

 一方、突然自分が倒れ込んだ伯爵令嬢は、自身の身に何が起きたのかいまいち把握できずにいるようで、ぽかんとアニを見上げた。


「恥を知るのは貴様の方だ。本来陛下の妻君の事は赤心を持って当たるべきであり、家名を賭けるとは愚昧以外の何ものでもない」

「な、なにを…」


 払い倒され、恥を知れと返され、挙句に愚昧と罵られ、伯爵令嬢はわなわなと震えながらがばりと身を起こす。そして、冷ややかに己を見つめるアニに向かって叫んだ。


「身の程を知らぬ田舎娘が! お前のような弱小家がディンナに歯向かってただで済むと思わないことね!」


 ディンナという家名を聞いて、アニは、ああこの方がプリシラ様なのね、と考えていた。

 ユーリがフィエラに馬鹿な事を言うものではないと諌めるように声をかけたが、アニは冷めたままの表情で告げる。


「やってみろ」

「は?」


 アニの冷めた声が何を言ったのか、フィエラには理解出来なかった。彼女の常識にはない言葉だったのだ。


「フィフィールズを潰せると思うのなら、やってみせろ、とそう言っている」


 フィエラはアニの声と表情に背筋がぞくりと粟立つのを感じる。彼女にとって、フィフィールズ伯爵とはあまりに遠い田舎にある小さく貧しい田舎伯爵でしかない。なのに何故こんなにも堂々としているのか、対峙し、怯え震えているのは、何故己の方なのか、彼女は理解できず言葉を失った。


「くっははは!」


 快活な笑い声が百敷広間に上がる。

 アニはわずかにうんざりした顔を作って後を振り返ると、軽く立礼の姿勢を取った。


「お戻りですか、陛下」

「今日はどうも日差しが強い。中で茶でも飲むことにした」

「然様でございますか」

「ついてはフィフィールズが居た方がイチも心安いだろうと思ってな、同席してくれ」

 ヨシマサのアニに向ける気軽な声掛けに、フィエラの顔が蒼白になる。アニを震えながらも睨んでいた表情が、今度こそ驚怖一色に染め上げられた。

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