お渡り(2)

 ヨシマサの躊躇い無い行動に、アニの打掛を認識していた娘達の間に、今度こそ間違いなく殺気が湧き上がった。


(大丈夫かしら)


 アニは小さく震える隣を確認しつつ、近付いてくる足音の気配を探る。足音が近くで立ち止まったのを合図に、後にぶつからない程度躙り、前を空けた。

 その空いた空間を通って、ヨシマサはアニの隣で座っていたイチの震える肩に手を置く。


「そなたの名は?」

「はいっ、イチと申します!」


 裏返ったような大声に、ヨシマサは笑みを浮かべた。


「そうか、では、おイチ。共に庭を歩こう」

「はいっ!」


 イチに手を貸して、立ち上がるのを助けながらヨシマサは、その赤く染まる頬を愛しげに見つめる。物慣れない様も、ちらりと自分を見ては逸らす視線も、初々しく心を和ませた。

 イチは、ヨシマサに先導されながら、わずかに困ってアニを見たが、にっこりとした微笑みで勇気づけるように送り出され、こくりと気合を込めて頷く。打掛をそっと手で持って、下につかないように気をつけながら、庭にそっと歩み出した。初めて会った国王という想像もつかなかった高貴な人物は、優しい笑顔で自分を待ってくれている。


「あ…」

「どうした?」

「すみません」

「謝ることはない。何か、あったのか?」

「その、万両の木があったので…陛下と同じ名前の」


 そう言ったイチの視線の先には、確かに波入り万両が植えられていた。

 俯くイチの含羞には、今なら解る己がやってしまった事への恥じらいと、木を通して自分の傍らに立つ相手を思うというゆかしい思いやりへの照れなど、複雑ながらもヨシマサへ向かう感情が溢れていた。

 薄い白粉の上からでも解る朱に染まる頬に、おずおずと自分を見上げる潤んだ瞳に、ヨシマサもイチへ向けた感情が湧き上がる。


「知っているか? ここには、イチという名の木もあるぞ」

「え? そんな木があるんですか?」

「こっちだ」


 イチの打掛を持たない手をとって、そっと引きながら、ヨシマサは癇症など微塵も感じさせない朗らかな笑みを浮かべていた。

 護衛も兼ねているため、どうしても小姓の少年は付き従うが、女性はイチだけがヨシマサに付いている。その状態で、彼等の庭歩きは開始した。残された者達にとっては、あまりにあっという間の短時間での出来事だ。


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