第十話:お渡り(1)
(壮観ね…)
途中に柱を挟むとは言え、大きく見渡せる百敷広間は平坦だ。居並ぶ少女の総数は二百四十八人、うち候爵令嬢三名、伯爵令嬢名二十八名、子爵令嬢三十四名、男爵令嬢五十五名。
ちなみに、アニ以外の貴族令嬢並びに、手習い処に参加していない豪商の娘達などは既に居並んでいる。
「…先生、本当に前に座らなくって良かったんですか?」
「ええ、私には役目がありますから」
「それに、その格好も…」
「そういう役目ですので」
アニは心配顔のイチに微笑むと、手習い処で一緒の娘達に、末席へ座るよう促した。
その様に気付いて、整然としていた百敷広間がざわつく。別に彼女達が場違いだと言われているのではない。ざわつきの原因はアニだ。
そのことに気付いたユーリは驚いて、末席に居るアニを見つめた。
黒一色の打掛姿が、煌びやかな装束郡の中で浮き上がるようだ。
(アニ様が…何故?)
どれほど意趣を凝らそうとも、華美な打掛が並べば一際目を引く打掛など存在しない。それこそ、黒衣とわざわざ別称される礼装、黒一色の打掛を纏いでもしない限りは。
主にアニと同格の伯爵令嬢達から、あんな奇を衒った格好をするなんて、という批難が高まっている。アニはそれが解るが、どこ吹く風といった様で無視をする。
黒衣は、礼装としては最上位にあたるが、華やいだ場に着用する事はほとんど無い。それこそ、婚儀の一部において花嫁以外の女性が着用するくらいだ。礼儀を無視してはいないが、慣例にはそぐわない選択であり、アニへの批難は順当なものである。
もっとも、アニからすれば正当な理由があっての事なので気にはしていない。ただ、後々絡まれかねないと思うので面倒臭いとは考えている。
とはいえ、これから国王の登場という今、絡まれる事はない。
(来たわね)
お渡りを知らせる鈴の音がして、しばらくして先触れに小姓の少年が訪いを告げる。百敷広間の上座に、礼装姿のヨシマサが現れた。
癇症な質を全く感じさせない静かな足取りで座に着くと、平伏する娘達に声をかける。
「一同、大義」
一斉に娘達が頭を上げる。上げるといっても、顔は伏せたままで、礼の状態ではあるのだが。
伯爵以下の貴族令嬢達はここからが勝負だと殺気立つ。いや、勿論殺気ではないのだが、気合が強すぎてそう感じるのだ。もっとも、ヨシマサにはその姿は見えていないに等しい。
(フィフィールズは末席で黒衣を着ているといったから、あれだな)
本当に末席にアニの姿を見つけ、さっと座を立ち上がると躊躇いなくそちらに向かって歩き出す。
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