思いがけぬ(4)

 アニは、翌朝には手紙の返事を出した。

 あまりやりとりをするとバレるので、よほどの質問でない限りもう手紙を寄越すな、と記した結果。国王最初のお渡りが南郭へと決定し、ついに明日となった今でも一通も手紙は届いていない。


(謝り方はともかく割と直ぐに謝ったし、こちらの要望を理解する頭もありそう………本当に十二候爵家がただ嫌いなのね)


 長櫃から出した礼服に香を焚きしめつつ、アニはのんびりと過ごしている。他の、主に同格の貴族令嬢達は賑やかに着飾る準備をしているが、彼女には不要なことである。


「あの、先生」

「はい」


 手習い処がなくても先生という呼び方が定着し始めていて、少し困ったとか考えているのだが、使い分けてくれというのもまだ大変だろうと思うのでアニは言わずにいる。


「ちょっと来てもらっても良いですか?」


 ハチの呼ぶ声に、香焚壺に蓋をして、付いて行く。国王お渡りにあたって南郭の女性全員で迎えるわけだが、着付けや所作の部分で、貴族出身でない彼女達はまだ不安に思っている事が多い。今もどうやら服の組み合わせや小物の意味が解らず戸惑っていたようだ。


「あれ、お嬢様?」


 アニが来た事に気付いたミントが慌てたように声を上げた。


「すみません。あの」

「構いませんよ。どうせ、大してする事はありませんから」


 ミントにレン、それにピスカークス家の女中が三人居るが、なにせ百人近い娘達の着付け指導である。手が回りきっていなかった。

 アニが引っ張り出された事にミントが済まなさそうな顔をしたが、構わないと応えて、ハチに付いて行く。そこには十人ほどの少女がかたまっていた。みな手習い処で見る顔だ。


「あ、先生」

「よかったぁ」

「どうかなさいました?」

「着方は解るんですけど。この小物とか、こういう扇って、同じもので揃えるのかとか解らなくて」

「こんなにいっぱいの中から選べるの初めてで、でも好きに選んで良いのか…」

「色の合わせ方にも意味があるんですよね?」

「むずかしすぎてぇ」

「もう訳解らないんです」


 アニは広げられている小物をざっと見回した。季節と格式を考慮して揃えられている品々は、たった一つだけの例を除いてどう組み合わせても問題は無い。


「今、打掛の柄に牡丹一華が入っている方はいらっしゃいますか?」


 アニの言葉に全員が互いの打掛を確認し合う。ひとしきり確認を終えて、ノリが口を開いた。


「あの、先生。ぼたんいちげってどんな花でしょうか」


 ノリの打掛に刺繍されている赤い花を示して、アニは苦笑しながら告げる。


「この花です」


 改めて互いの打掛を確認し合って、三人が手を挙げた。


「打掛の柄に牡丹一華が入っている方は、扇子に鬱金香、この花ですね、この図案が入っているものは避けて下さい。その組み合わせ以外ならばどれを、どんな組み合わせで身に付けても構いません」

「へぇ…」

「選び放題だぁ」

「先生。何でその組み合わせはダメなんです?」


 鬱金香の絵が入った扇子を選ぼうとしていたノリは、不思議そうに首を傾げてアニに問いかけた。


「今からだと、もう千四百年前になります。後宮に双樹姫様と呼ばれる正妃がいらっしゃったの。その方が好んで身につけた組み合わせが、牡丹一華の打掛と鬱金香の扇子でね、その方の死後、その組み合わせは避けるようになったの」

「えー…」

「そんなので避けてたら駄目な組み合わせいっぱい出てきそう」

「ああ、ごめんなさい。その方が好んでいたから避けているのではないわ。双樹姫様は大層嫉妬深い方であったそうでね、彼女の死後、彼女を偲んでその組み合わせを身につけた側妃は何故か翌日から二度と起きてこなかったそうよ。そうした曰くがあるから、身を守るためにもその組み合わせは避けましょうね」

「………はひ」


 二千五百年も続く一国家の奥向きともなれば、おどろおどろしい話はそれこそごまんとあるが、アニはあまりそうした話はしてこなかった。元々彼女達の大半が後宮に残りたいと言わなかったし、楽しく過ごしてもらえれば良いだろうと考えていたからだ。

 だが、どうやら彼女達も多くの娘達と同じように自分に直接関わらない限り、怖くとも噂話は好きらしい。

 今はあまり時間が無いので、アニは、必ずその内お話しましょう、と約束して彼女達の服選びに専念した。ただ、ノリだけは聞きたくないです、と震えていたが。

 こうして、美しい娘達が、美しく着飾り、美しい座敷で居並び、国王のお渡りを待つ日がやってきた。

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