思いがけぬ(3)
「ふっ…」
アニは思わず吹き出す。いや、流石に国王の相談に笑ったのではない。相談をするための導入として、話題を作るために七星転生伝を読んだらしいヨシマサの反応が、あまりに自分と重なったからだ。
(そうなのよ、アルカントの七星転生伝って普通なのよね。フールグの脚色版を先に読むといっそつまらないっていうか)
切々と、あんなに夢中になったのにあれ一冊しかないから続きを知りたくて懸命に読んだが、つまらない、と訴えかける手紙に笑う。
「ふく、くくっく…」
自分も初めて父からフールグ版を借りた時は寝る時間を削って読み耽った。そして、続きが無いと聞いて本家の七星転生伝を読んだのだ。あの苦行は今でも忘れない。アルカントが悪い訳ではない。フールグが上手過ぎたのだ。
「あーあ、それにしても。あんなに口ごもる相談事って何かしらと思ったら」
思わず独り言ちたヨシマサの相談は、要するに、十二候爵家に知られないように好みの女性が郭に居るかどうか教えてくれ、という事だった。
(別に教えたって良いのだけど…ユーリ様を裏切るような真似をするのもねぇ)
この板挟みの状態は、どちらを向けば自分の傷が浅く済むかという話でしかない。
十二候爵家が一丸となって国王との溝を埋めようとしているのに協力するか。
十二候爵家をとことん嫌いつつも王家の存続には気を揉んでいるらしい、いや、昨日のもじもじした雰囲気から察すると、存続とかいう重い話ではなく単純に好みの女性を探しているだけかもしれないが。まぁ、とにもかくにも、妻を娶るという事には前向きであるらしい国王に協力するか。
前者を選び、仮に事が発覚した時、国王はもはや全貴族を敵とみなすだろう。では後者の場合はといえば、アニが個人的に結んだユーリとの友誼に亀裂が走る。本当は、十二候爵家と伯爵家以下貴族の対立構造を生みかねない熾なのだが、そこは言い訳しだいだとアニは考えている。
失う危険はあまりに多く、得るものはほぼない。いや、国王の信任という、今、十二候爵家が喉から手が出るほど欲しているものは手に入るのだが、それはアニにとって、得、足りえないのだ。
(言い訳が立つのも修復が可能なのも後者よね………しかたない。フールグ詐欺に遭った被害者の誼だわ。陛下に協力しましょうか)
そんな理由で協力されても嬉しくないんだが、と言うはずのないヨシマサの声がした気がした。が、アニは手紙を香炉を使って燃やし尽くしながら、空耳だわと微笑んだ。
障子を開けた窓辺から、どこかから花の匂いを運んできた春風にのって、煙は宙へ霧散した。
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