思いがけぬ(2)
「滅相もないことでございます。どうぞ、お心置きなくお過ごし下さい」
大嘘だが、さっさと出て行けと馬鹿正直に言える訳がないので仕方がない。もっとも、こうした貴族の言い回しはヨシマサの嫌うところだろうなと解っていてアニは言っている。つまりは、機嫌を損ねてさっさと出て行ってもらおうという魂胆だ。
ところが、意に反してヨシマサは不機嫌にはならなかった。
アニにとっては予想外の事だった訳だが、ヨシマサにだって女性の部屋に勝手に入り込んだ自分が悪者だという自覚はあるのだ。まして彼は部屋の物を触ってしまっている。
「その、なんだ、詫びと言ってはなんだが、この本と同じ題を我が書庫で見た事がある。確か何冊か並んでいた。だから、続きを貸そう」
謝った上に、見合っているかどうかはこの際置いておいくとして、更に誠意を示そうというヨシマサに、アニは正直拍子抜けすると共に、ずっと引っかかっていた何かがすとんと落ちるのを感じた。
(本当に、ただの子供なのだろうな、この方は…)
とはいえ、詫びの品については断っておく。意味が無いからだ。ヨシマサは、おそらくアニが『その本の続きはございませんよ』と言ったのを、此処にはその書物の続きを置いていないと解釈したのだろう。
「恐れ多いお申し出なれど、どうぞ、お気遣いなされませんよう。私はその物語は全て読んでおます」
「ん? そうか。あー…この話は何冊くらいあるんだ?」
「七星転生伝は全部で七冊の物語です。ですが、その、本は、続きが存在していないので、一冊きりです」
「…どういう意味だ?」
「元々の作者であるアルカント作を正確に写した物は全七冊の物語ですが、その、本の写者であるフールグは七星転生伝に大幅な脚色を加えております。もし、陛下が七星転生伝をお読みになるのであれば、再び一巻からお読みになった方がよろしいかと」
「………そうか」
呟いてヨシマサが押し黙る。
いい加減出て行かないかな、とアニは考えていたが、何事か思案する顔で立ち尽くしたままだ。
「フィフィールズといったな」
「はい」
家名の確認に、間は置かず答えた。
「そなたに、折り入って相談したい事がある」
「…はい」
嫌な予感を感じつつ、それでも答えた。
「その、な」
「……はい」
面倒事だろうなと、うんざりしつつも答えた。
「なんだ」
「はい?」
突然の転調に、無礼と知りつつ間を置かずに答えた。
「あー………」
(はやく言え!)
もう返事をするのが面倒になった。
結局もだもだしたヨシマサの相談は、夕刻の鐘が鳴っても始まらず、皆が戻ってきますのでというアニの言葉に押されて部屋を出て行く事になり、後日手紙で届いた。
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