日々の中(4)

 有り体に言えば、必要なのは弟にまともな生活をさせてあげられるだけの金銭である。


「弟さんに、楽をさせて上げたい、とイチさんは仰ってましたね」

「はい」

「それは、必ずしも貴方が国王妃という重責を担わなくとも果たせるのではありませんか?」

「…解ってます。奥方なんて、私ができ…務まるような、仕事ではないのだと。でも、私、どうしても考えたら、このままではいけないような気がして」


 イチは真剣な眼差しでアニを見つめた。


「私、はじめは何も解ってなくて、お金をもらってここに来て、部屋は綺麗だし、服にもご飯にも困らなくて、それどころか毎日美味しいものを腹がくちくなるまで食べられて。それが、とても嬉しかった。先生やレンさんやミントさんも、みんな…皆さん、優しくて、貴族なんてきっと私たちの事なんか、知りもしないし同じ人間だとも思っていないヤツラだって、そんなこと、思ってたのに…」


 ぽろりとイチの目から涙が零れる。


「手習いを教えてもらって、解る事が増えて、今、帰っても弟に私が手習いを教えてやれるし、きっと、前よりまともな仕事につけるんです。私は、でも………庭の、マンリョウの木を倒してしまった事を、つぐないたいんです」

「償う?」

「何か、私ができる事で、ご恩返しがしたいんです!」


 そんな事は気にしなくて良いのだと言いかけて、アニはふと黙った。今、イチは無知な小娘ではないはずだ。アニの部屋に転がり込んできた時とは違う。そんなイチの真摯な思いは、アニが否定して良いものだろうか。


「私、働かなくちゃ、ご飯が食べられないって、解ってます。弟のために支度金を置いてきたのは、私がここで働けば良いからだって、思ってた。でも、何の役にも立たなかった。口だけでダメだった。それなのに、教えてもらいました! 何もしてないのに、先生たちは私に親切にしてくれました! だから、つぐないも恩返しも、なんでも、私が出来る事で返したいんです。奥方でなくたって、お妾だって、私ろくな生活はしてきませんでしたけど男は知りません。妙な病気は無いし、たぶん母に似とるから子もよく産めると思います。だから、だから…」

「解りましたから、少し落ち着いて」

「…すみません」


 高まる思いが勢いになってアニにじりじりと近付いて来ていたイチの肩を叩いて、座らせながら、アニはイチのしっかりとした根っこのような芯を好ましく感じていた。


「イチさんの真剣な気持ちは解りました。私も協力したく思います。ただ、これだけは解っていてくださいね。あなた達の人生はあなた達の幸福のためにあります」

「はい」


 いつになく優しい微笑みを浮かべるアニに、イチは小さく、だがはっきりと頷く。


(ああ、本当に…祈る事しかできないけれど、皆様の人生に善き時が多からん事を)


 自分達の可能性を懸命に伸ばそうとしている娘達に心を寄せ、アニは胸が熱くなった。

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