日々の中(2)
困惑しつつ、とりあえず室内へ招き入れると、レンが事情を教えてくれた。
事の起こりはやはり昼餉の一件。
「ミントが報告に来たんですが」
件の女中は、アニの膳を運ぶミントに声をかけ、アニは自分の主人と昼餉を共にするので膳を寄越せと言ってきたらしい。ミントは、アニに確認を取ると言って断ったらしいのだが、強引に引っ張って行かれた上に、伯爵令嬢本人が共に食事をすると言ったため、渋々膳を置いてきたらしい。
「朝見かけた女中殿のご様子では、とても昼餉を共にという返事をもらったようには見えなかったですし、もしそうした話をしていたのであれば、お嬢様は私にミントへの伝言を託すだろう、と考えまして。これはおかしいという結論になったのです」
アニは全く正しい認識であるなと感心した。だから尚更不思議だ。そこまで正確性のある推察ができているのに、そこから何故、アニの身に何かあった、という早とちりが生まれたのだろう。
「では何故、昼餉の膳が持ち去られるようなことになったのかという話が出まして、女中の一人が毒を盛るため、という不用意な一言を申しまして」
そして、アニが危ないと一瞬にして思い詰めたユーリが飛び出して、この部屋の前まで来たという。しかも、間の悪い事に、アニが襖戸から最も離れた場所で防音性を高めた上に雑音を遮断する様に古書に没頭していたため、ユーリが襖戸側から声をかけても全く気付かなかったのだ。
こんなに声をかけているのに返事が無いなんて、と、ユーリの中でがぜん毒殺説が信憑性を帯びていく中、後ろから付いて来ていたレンは冷静である。単純に部屋の奥に居るのではとか、呼んでいると言っても令嬢らしく大声とも言えない程度の声量であるから気付かれていないだけなのではとか、いくつかの理由は思い当たる。なにせ、アニの部屋には取次が居ないのだ。そこで、行儀の面から見れば悪いが、部屋の奥にある窓から声を掛けてみたということらしかった。
語るレンの話に耳を傾け、自分でも早とちりが過ぎたと自覚していくユーリの百面相をつい見てしまう。失礼だ、悪い、そう思いながらも、結局耐え切れずに吹き出してしまう。
「ふっふふ」
口元を抑えつつも殺しきれない笑い声が漏れた。ぽかんとした顔でユーリもレンも見ていたが、直ぐには笑いを止めることが出来ない。
なんとか笑いをおさめたところで、ユーリへ頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、全く。気にしておりません。自分でも笑うと思います。あ、でも…」
「はい」
「…悪いと思っていらっしゃいますか?」
意地の悪い問い、というよりは、確認する様な表情に、素直に頷く。
「では、その、私のことはどうぞユーリと呼んでください! 私も、アニ様とお呼びしますので」
可愛らしい罰にきょとんとしてしまう。ユーリの身分であれば、別にアニの事をアニと呼んでも無礼になどならないのだが。
「はい、畏まりました、ユーリ様」
頷きながら、自然に顔が綻んだ。
その後は、ユーリと共に昼餉を摂ることとなった。
食後に寛ぎながら、手習い処の進捗や、算盤を用意してもらいたい旨、ある程度習熟が進んだら、もう一度進路の意向を確認することなどを話し合う。友人らしく他愛ないお喋りなどもして、レンが初めてアニを見かけた時に声をかけずに見つめていた理由も知れた。
思っていたものとは大分違っていたが、後宮での生活が、確実に楽しいものになっていることで、アニは確かにここでの日々に嬉しさを覚え始めていた。
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