招かれざる(3)

 ツキエはすぐに見つかり誘導に成功したが、フランナは小柄なせいか彼女自身の身のこなしのせいか、娘達の集団に紛れていたのを見逃しかけて慌てて引き止める形となった。

 昨日感じた性格から、上手くいかないかもしれないとは思ったが、アニ一人で進捗の違う全員に手は回らない。しかも一段はどうあっても付きっきりにならざるを得ない。そのため、既に二段を終えているフランナにはツキエの一時的な質問相手になってもらいたいのだ。


「よろしく」

「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


 二人を引き合わせてやってもらいたい事を説明したものの、一度も目を合わせることなく着席していく様子に、不安を覚える。とはいえ、十八人の生徒が待っているのだ、目を配るくらいのことしかアニにはできない。そもそも、一段でカナと数字を習得した後は、教本を自分で進めていく自習形式が基本だ。

 自分達の名前が書かれた紙を持って和気藹々と座る娘達を前に、まずは今日やろうとしている流れを話す。最終的な目標は自身の名前を書けるようになることだが、一通り一覧表の見方についても学ぶ予定だ。

 一覧表に書かれている文字を声に出して読み上げ、娘達にも声に出して繰り返してもらいながら、手元の教本を指でなぞるよう指示する。全てのカナと数字でそれを行い、その後は自由に書いてもらう。

 アニが知っている手習い処での進め方を参考にしたのだが、結果から言うと参加者のやる気と協力体制が強く、全員が一覧表を音読できるまでになった。

 完璧に暗記して書けるようになれば一段の終了だが、明日には半数が一段を終了させそうだ。

 覚えが早いと思い、話を聞いたところ、昨日の午後にお互いの名前を持ち寄って覚え合っていたらしい。


(熱心ね。すばらしいこと)


 手習い処というのはそれほど長時間生徒を拘束しない。ほとんどは午前の数時間で基本を教えるだけで、復習は各人の家でしてもらう。そのため習熟度に差が生まれるのだが、彼女達の場合、ここにいる限り他にすることはないため、互いにたっぷりと時間をかけて楽しく復習ができるのだ。


「皆さんがそうして復習なさるのでしたら、この部屋はこのまま使えるようにしておきましょうか」

「いいんですか!」

「ほんとに!」

「紙も、墨も、あちらの箱に有りますから」


 消耗品の場所や筆の洗い方等も教えていると、昼餉の時間を告げる鐘が鳴った。手習い処そのものは終了とし、午後も顔を出すと約して彼女達が部屋を後にするのを見送る。

 結局、ツキエとフランナはアニが思っていたよりも相性は悪くないようだった。午前中、一度も声をかけられることはなく、二人でやり取りをしている様子が垣間見えていた。

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