手習い処(5)
思い思いに集まって、はしゃぐ娘達の声を聞きながら、自身の道具を片付ける。
しばらくすると昼餉を告げる鐘の音がして、娘達はアニに頭を下げて三々五々に部屋を出ていった。
(どうなるかと思ったけれど。何事もやる気が一番ね。イチさんとナエさんのように積極的に動いてくれる方が居ると、空気も和らぐし…私も、もう少し柔らかな態度を心がけなくてはいけないわよね。ただでさえ表情が硬いのだし)
親しみ易さやとっつき易さとはかけ離れた表情をしている自覚が有るアニは、やろうと思えば出来ない事はないが多大な疲労を伴う常に微笑を保つ、という事をしなくてはならないと覚悟を決めた。頑張る娘達に無意味な緊張を強いる事に比べれば、その疲労は軽いものだ。
片付けを終えて自身の部屋へ向かうと、ちょうど部屋の前で昼餉を運んできた郭女中と行き合った。
「お疲れ様でございます」
「いえ」
「本日の昼餉は、お好きな春茄子の浅漬けがございますよ」
「あら。嬉しい」
既に顔なじみとなった彼女はクプリコン家からユーリと共にやってきた男爵家の娘で、ミント・ワンナ・シィラントという。仕える立場上家名ではなく名を呼ぶことが普通だが、彼女の二つ名が主家の姫であるユーリと同じため、それほど親しい訳でない相手からでもミントと呼ばれている。
「手習い処はいかがでしたか?」
共に部屋に入り、膳を置きながらミントが問いかける。ユーリに報告するのだろう。
何だかんだと入宮から五日。
ユーリとは、内四日も顔を合わせているし、ミントはずっと膳を運んできてくれている。アニとしてもクプリコン家の人とは友好的にやっていきたいなと思うので、少し砕けて接するようにしていた。
「今日は雰囲気を確認しただけだから。でも、思ったよりやる気のある方が多くて、励まなくてはと気合が入ったわ。クプリコン様にはお礼を伝えてくれるかしら。質の良い道具を揃えていただいて、助かりました、と」
「はい。畏まりました」
一礼したミントが襖戸を閉めるのを止めて、開けたままで良いと告げる。
周りの部屋の娘達は食堂で食事を取っている頃だ。騒がしさはない。
ユーリが手入れをした坪庭を見ながら、昼餉に手を付けると、どこからともなく甘い春花の香りを風が運んできた。
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