手習い処(3)

(イチさんとナエさんは随分やる気が有るわね)


 この手習いは強制的に参加させているわけではない。だから此処に居る時点で、ほとんどがやる気のある娘達なのだが。とりわけ言いだしっぺの二人のやる気が凄かった。

 小さな子供が相手の場合、座り方から教えるものだが、皆正座という座り方は出来ていた。姿勢については何人か指摘したいが、それは筆の持ち方と一緒に回って伝えた方が良いだろう。


「では。まず、右手を挙げて下さい」


 先程のように左手で袖を押さえつつ右手を顔の横まで挙げる。先程も思ったが、何人かが左手を挙げている。体の向きを反転させ、もう一度右手を挙げつつ、首を回して告げる。


「体のこちら側、今私が手を挙げている側が右です。周りの方とも確認し合って、右手を挙げて下さい」


 告げるとわやわやと互いを確認し合い、少しして全員が右手を挙げた。


「はい。よろしゅうございます。では、次は、右とは逆、左手を挙げて下さい」


 何人かは混乱していたが、やはり先程のように確認し合って、全員が左手を挙げた。


「はい。よろしゅうございます。では、道具を並べてまいりましょう。まずはこの黒い漆塗りの箱が、道具箱です。これを文机の右端に置いて下さい」


 そこからは道具類の配置確認や名前紹介、持ち方、姿勢、使い方を周りと確認し合って構わないとして、教えていく。

 元々昼食までの二時間弱しか時間はないので、文字を実際に書いてみるのは明日からと考えていた。なので、道具の名前を確認し合っていた娘達が関係ない話題でお喋りを始めても、特に止めずにその様子を見つめる。

 筆をとったことがあると答えた、いわば経験者の四人はそれぞれ経験値には開きがあるようだった。

 イチとその横に座って居た娘は積極的に周りの娘達にあれこれと教えていたが、筆をとったことはあっても道具の正式な名前などは初めて聞いたらしく、すぐに一緒になって復習を始めていた。

 右端に座っている娘は道具などの名前も心得ているようで、きちんと文机の上に配置し、静かに座っている。話しかけられればきちんと答えているようだが、積極的に周りと関わろうという意思は感じられない。

 左端の娘は、右端の娘同様に配置などもしっかりとしているが、人見知りなのだろうか、話しかけられるとおろおろとした様子で答え、聞いた方が諦めたようになって離れていった。


(そういえば、左端の方は初めからあの席に居たわね)


 一番前に座っていたナエとその隣に移ってきた娘は、首を伸ばしてアニの配置を確認し、互いに置き方を確認し合っている。聞こえる訛り方からして、どうも近い場所の出身らしく、気も合ったのだろう楽しそうだ。

 前から二列目の右端の娘はあまり話をするのは好きではないのだろう。話しかけられるとぎこちない笑みを浮かべて相槌を打ってはいるが、一人道具をいじっている時の方が楽しそうだ。

 完全に場のお喋りが手習いと離れた頃、右後ろの娘が声を挙げた。


「あの! 今日は文字は教えていただけないのでしょうか」


 その言葉にはっとしたように全員の視線がアニへ向く。その目は期待に輝いているが、アニは今日文字を書くつもりはなかった。


「今から昼餉までの時間では難しいので、文字を書いていくことは明日からになります」


 ほとんどの娘達は明日から文字が、と嬉しそうにしたが、質問を投げかけた娘だけは不満気な顔だった。


「道具を、箱へ、元の通りに仕舞って下さい」


 アニがそう告げると、ざわめきながらも皆道具を仕舞い始めた。蓋を閉める前に、横を歩いてその配置を確認していく。手本となる人間が居た事と人数が多くないこともあって、少々のズレはあるが大きな配置間違いはなかった。

 確認を終えると蓋を閉めて元の通りにしてもらう。そうして一回りしてから席へ戻る。

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