手習い処(2)
「い、いえ、お姫様に教えてもら、いたただきたいのです!」
(たが多いわね、あと)
「ここでは、姫という呼び名はカンリッツァ家の未婚女性のみに使うようにして下さい」
「へ、はい!」
「それを、わたくし達に、そうしたことを教えてくださいませ!」
「そうしたって…」
二人が必死な事は十分に伝わって来た。言い間違いについても気にはなるがふざけている訳では無いと解る。だが、真剣だからといって彼女達の要求を受け入れる事ができるかといえば、そうとは限らない。
行儀見習いを受諾することは、少なくともこの場での身元保証人になるということだ。誰に確認を取るでもなくアニが一人で受諾して良い事ではない。
「あのー………また、何かあった?」
開け放していた襖戸から、ユーリがそっと中を覗いていた。
「いえ、問題という訳ではないのですが。その、ご相談させていただいても?」
「勿論。あ、お邪魔します」
「はい、お越しなされませ」
ユーリに上座を譲り、固まって言葉が出なくなった二人に代わって状況を話す。
話が進むに従って、心配そうな顔を申し訳なさそうに変え、今は腕を組んで思案顔をしている。
そんなユーリを見ながら、二人が変に気にしないようにわざとやっているのか、本当にここまで考えていることが顔に出ちゃうタイプなのか、たぶん後者の可能性が高いけれどもしそうなら侯爵家のご令嬢としての郭での生活は自分以上に気苦労が絶えないだろうな、と老婆心ながら心配になってしまう。
しばらくして顔を上げたユーリはやはり解り易く、閃いた、という顔をしていた。
「フィフィールズ様、手習い処を設けましょう!」
アニは、感情が解り難いと言われる半眼デフォルト顔のまま、だが少しでも解り易くなるようはっきりと首を傾げて答える。
「………はい?」
そして、翌日。
アニの前に二十人の手習い希望者が並んだというわけである。
望んではいなくとも上から要請されれば従うのが貴族の上下というものである。もっとも、ユーリは別に強制的な言い方をした訳ではないし、断ろうと思えば断れたのだが、強硬に断る理由も特になかった。
軽い礼の上で名乗り、室内を見回して、全員が己に注目していることを確認してから口を開く。
「では、まず皆さんに幾つか尋ねます。筆を持ったことがない方は手を挙げていただけますか?」
何人かは左右を確認するようにきょろきょろとし、何人かはぎゅっと腿の上の服を掴んだりしている。
(持ったことがある方と訊いた方が良かったかしら)
質問の仕方を間違えたなと思ったが、一拍後、勢い良く手が挙がった。二の腕までも露に顔の横にまっすぐ右手を伸ばしたのは、一番前の中央向かって左を陣取ったナエである。彼女が一人堂々と手を挙げたからだろう、ちらほらと他にも手が挙がり始めた。
動きが止んだところで手を挙げていない人数を数える。十六人が手を挙げているようだ。
「今から動いてもらいますが、まず、一つ。手は、このように、左手で袖を押さえて、顔の横程まで挙げれば大丈夫ですよ」
アニが手本を示してみせると、真っ先にナエがその様を真似する。顔が、これで良いですかと訊いていたので、微笑んで頷いておく。手を挙げていなかった人間も含め、娘達がその動作を一頻り確認したところで、筆を持ったことのある四人に一番後ろへ行ってもらう。
一番前の中央向かって右に居たイチがおたおたしたが、今日は道具の使い方を教えるだけがから、知っている方は後ろから、使い方が解らず困っている方に教えて欲しいと告げると。やる気になって後ろへ向かってくれた。
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