大部屋の伯爵令嬢(4)

(庭師の、方、ってどういうことかしら、とは思ったのよねぇ…)


 袴に脚絆を着け、内着に襷掛けをした軽装で、クプリコン侯爵令嬢が足早に近付いて来ていた。


「うわぁ、これはひどいな」


 どう言葉を掛ければ良いかはかりかねて、黙ったままのアニの横に立って呟くと、ユーリはさっと坪庭に降りた。足下は地下足袋を履いている。


「万両は大丈夫でしょうか?」

「んー………うん。まぁ、根からごそっと倒れたみたいだから大丈夫かな。むしろ地が問題。派手に捲れちゃってるから、均しても駄目だろうな、植え直さないと」


 万両の枝葉や根を丹念に確認して、ユーリはアニに頷いてみせる。その上で、万両の植わっていた地面を示して首を横に振る。髭草と苔で砂利の中央に造られていた万両のための緑の台座は、土色が斑になっている。


「まぁ、今日中には直すよ。大丈夫」


 はっきりと請け負ってくれるユーリに頼もしさを覚える。とはいえ、郭女中が呼びに行ってから来るまでの時間を考えると、何故この格好なのだろうと疑問も同じく覚えた。


「ありがとうございます」

「いや…ところで、なんでこんな事になったのか、聞いても良いかな?」


 こちらを窺うような視線に、侯爵令嬢が何故伯爵令嬢である自分の意向を気にする様子なのかを察する。


「郭女中が申しませんでしたか?」

「庭が荒れてしまったから直せる人を探しているって、そう言われただけだなぁ」


 郭女中がどう言ったかは正確なところはアニには解らない。だがユーリが大事にしたくはないのだと理解する。それはアニとしても同意見なのだ、反する理由はない。


「まぁ、見ていただければ解るかと思いますが、物慣れぬ方達が私の部屋の襖戸を壊しまして、それに驚いて慌てて飛び退いた結果、今度は廊下から落ちて庭に倒れこんだのです」


 ぼんやりとした回答で誰かが特定の非を負わない説明をする。その言い方に、アニもこちらと同じ認識だと理解したユーリだが、ちょっと無理があるのでは無いかと感じる。


「………よっぽど驚いたんだね」

「伯爵家の者が此処に居るとは思っていなかったのでしょう」

「なるほど、確かに。それはだいぶ驚く事だ」


 廊下から坪庭にかけて視線を流すユーリの呟きに、驚いたくらいで庭まで落ちるのはちょっと無理があるという響きを感じ取って、アニが驚く理由を追加した。

 言われてみれば、彼女達は自分達が居る区画と同じ場所に貴族、それも伯爵令嬢が居るなどとは、毛ほども思ってなかっただろう。昨日、聞き取りのために彼女達の前に出た時も、ただ前に立っただけで後退りされたのを思い出す。普段市井の民と、貴族として接するような機会はほとんど無かったので、その反応には随分と驚いた。物語の怪物か妖怪にでもなったような気分だった。

 それでいこうと軽く頷いて、はっきりと礼を述べる。


「お礼を申し上げたいのは私です。美しい坪庭だと思っておりましたので」

「そうだね、万両が映える良い造りだ」


 アニの言葉に、ユーリが笑顔で頷く。

 登ったばかりの朝日が斜めに差し込む中、淡い青の煌きがアニの目には強く残った。

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