大部屋の伯爵令嬢(3)

(本当は人よりも物を優先させるような話をしたくはないのだけど、これから先またあんな見境のない喧嘩をされても困るし、どうしたものか)


 謝ってはいるが、恐らく彼女達の認識と自分の認識には隔たりがあるだろうと察せられて、どうしたものか思い悩む。彼女達は恐らくアニが庭を荒らしたことを咎めていると思っているだろう。だが、アニが真に咎めたいのは喧嘩そのものだ。


「この庭に植えられている。貴方達が押し潰したその木の名前をご存知ですか」


 二人は顔を見合わせた後、アニに首を振って知らない事を伝える。


「まんりょう、です。国王陛下と同じ名を持つ木です」


 二人の顔から一気に血の気が退いた。もはや震えも起きない。


「それだけではありません。郭には至る所にそうした植物が植えられています」


 国王と同名の万両然り、王弟と同名の千両然り、王妹の桜も当然ある。これは彼等の名を冠する草木を植えているのではなく、庭にある草木から二の名を取る事が慣例になっているためだ。だが、後宮にある草木と国王の名が同じであることは、本来後宮に暮らす女性達が庭木から王に思いを馳せるためにもなる。つまり、後宮の庭木はそこに暮らす女性達のためにある。


「この場に有る物は全て、調度から庭木に至るまで国王陛下に由来するのです。ここで暮らすのならば何一つとして無下に扱う事は許されません。どのような事情が有ったとしても、二度と、このような真似はなさいませんよう」

「ははぁ!」

「はいぃ!」


 裏返った声で返事をして二人が再び額づく。


「そのままでは風邪をひいてしまいますね。湯を頼みましょう」


 大した時間は経っていないのだが、先ほどの郭女中が渡り廊下から戻ってくる姿に気付き、アニはこの説教を切り上げることにした。


(異常事態とみて急いでくれたのかしらね。まぁ、良かったわ、濡れ鼠にした挙句風邪をひかせることになったら申し訳ないもの)


 アニは別に彼女達をいじめたい訳ではない。だが、どうしても知らしめなくてはいけない事があるのだ。もし今後同じ事を、彼女達、あるいは他の娘達が起こしたなら、もうアニには庇い切れない。


「すぐに庭師の方が参ります」

「…そう。それでは、彼女達に湯をお願いできるかしら、あのままでは風邪をひいてしまうから」

「畏まりました」


 郭女中に促され、アニを振り返りつつ去って行く姿をしばし見送って、視線を坪庭に戻す。アニはあまり詳しくないが、自然とは違い坪庭の様な小さな単位で整えられている草木がそれほど強くないことは知っている。


(枯れてしまわないと良いけど)


 庭師が何処から来るのかは解らないが、ふと、音が聞こえた気がして郭女中が戻ってきた渡り廊下に目をやった。

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