第五話:大部屋の伯爵令嬢(1)

 アニに与えられた部屋の広さは、およそ十六畳。

 廊下との境である襖戸から六畳分には物を置かぬようにし、衝立で区切ったおよそ十畳に生活空間を作った。

 部屋の奥に向かって衝立の右側には几帳を立て、見通せなくした裏に櫃を重ね置く。衝立の左側は角部屋故に正面と右に窓のある明るい位置どりなので、見通されても問題の無い文机を置いた。もっとも、文机の上は見えないよう青い椿の描かれた硯屏風を置いてある。趣味の読書は完全に隠れる衝立の真裏で行うため、暖かく柔らかな羊毛の敷布と書見台を設置した。


(もう少し暖かくなるまではこの配置でいいか)


 部屋は備え付けの押入れがある。押入れと言っても大型の調度をしまうためのもので、中に棚は無い。三ヶ月しか居るつもりはないが、まだ肌寒い初春に入ったところで実家を出て、時には蒸し暑く感じる日も出てくる初夏まで居ることとなるため、必要な調度は押入れにみっちりと収まっている。


(一応六畳は確保したけど…まぁ、この部屋で他人を迎えるようなことにはならないでしょうね。というか、私は侍女も連れてきていないし何のもてなしもできないのだから来られてもやんわり追い返すしかないか)


 夏用の大物を押し入れに仕舞ったところで昨日は時間切れとなり、朝起きて早々に空いた間を使って調度を仕上げたアニは、朝餉を前に一仕事終えた疲労感で何もない六畳の空間に座り込む。昨夜のうちに運び込んだ盥の水で身支度は終えていた。


(あー…朝から結構動いたからお腹減ったわ。でももう少し後よね、たぶん最後でしょうし)


 部屋は局でなくとも、居るのは間違いなく伯爵令嬢である。昨日の夕餉同様、朝餉も郭女中が運んできてくれるだろう。ただし、局への配膳が終わった後で。


(ん?)


 空腹を抱えてただぼうっと座っていると、襖戸の向こうがどんどん騒がしさを増していくことに気付く。

 真隣は空き部屋だが、坪庭を挟んだ向かいの棟や二つ隣には人が入っている。

 夏物を仕舞っていた昨日の夕頃もわやわやと人が騒ぐ声はしたが、いくらなんでも悲鳴や怒号のようなものが聞こえるのは異常ではないだろうか。


(何事?)


 この辺りでは自分がもっとも身分が有る立場に居る。騒ぎにしゃしゃり出る気はさらさら無いが、せめても状況を確認して他人を呼ぶなどの判断はすべきかもしれない。

 そう考えて一先ず襖戸を開けようかと立ち上がった時。


「っ!!」


 光と共に目の前の襖戸を壊しながら、口汚く罵り合いつつ掴み合った二人の女性が飛び込んできた。

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