後宮南郭(4)
が、そのユーリの視線がアニの室内に有った机上に吸い寄せられる。
「………?」
何時まで経っても返事も無ければ去る様子も無い事に疑問を覚えて、アニがそっと身を起こしてユーリの様子を確認する。爛とした輝きを持って見開かれた目が自分の部屋の机上に注がれていることに気付く。そこには旅の道中で偶々見つけた古書が置かれている。
「造園学にご興味がお有りで?」
さっとしゃがみ込み、視線を合わせつつ、ユーリが見つめてくる。そのきらきらとした光が見えそうなほどの期待に満ちた瞳に、正直に答えるのが申し訳ないなとは思うのだが、嘘も吐けず。精一杯の申し訳無さを込めた表情を作る。
「いえ、私は古書を好んでいまして、特別造園学を嗜好しているわけでは…」
「そうなのですか…」
目に見えてユーリのきらきらした光が消えていくようだ。
「あ…でも、その」
しょんぼりとした後、恥じらうように机上の古書とアニの顔を視線が行き来する。
「はい?」
「もし、よろしければ、読後、お借りできませんか? 技観書はその、書き手によって内容に大きな違いがあるため、何冊も読み込むことが大切なのですが、お持ちの技観書は読んだことが無い物のようなので、できましたら」
技観書というのは職人による手書きの書物の事である。今アニの机上に有るのは作庭職人の書いたものだ。
「畏まりました。では読み終えましたらお届けいたします」
「ありがとうございます!」
ぎゅっと手を握って礼を言われ、自分よりも遥か高みの令嬢なのに気さくな人だなと思う。
読めることに決まって興奮が冷めたのか、郭女中の困惑した視線に気付いたのか、己の役割を思い出したユーリは慌てて目的の場所へ向かった。
(大変だな侯爵家の方は…)
そんな後ろ姿を見送り、ぶちまけてしまった紙を整えるために部屋に引き戻る。今回の舵取りを担う人物の一人が話の出来そうな人物であったことで少し安心しつつ。無事後宮を去るまでの日々に思いを馳せる。
(約三ヶ月何事もなく影の様に過ごせば良いんだから楽なものよ)
侯爵家の令嬢のように何かの使命を帯びているわけではないし、一部伯爵以下の家のように正妃の座を期待されている訳でもない。強いて言うなら無事戻ることが使命で期待されているし本人も望んでいる事だ。
表の坪庭で斑入り万両の葉が温かみを帯び始めた春の陽に当たっている。
その静かな光景にこれからの無事を祈りつつ、先程のような失敗をしないよう調度をさっさと出してしまおうと立ち上がった。
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