後宮南郭(3)

(えっと…ここは確か、あの伯爵の…)


 この辺は、局と呼ばれる単位ですらない。衝立などの調度による間仕切りをして使う大きめの一間の部屋が立ち並んでいる。

 既に男爵位の令嬢達の部屋も過ぎ、平民の娘達に与えられる事になっている部屋の並びである。

 本来ならばそうした場所に伯爵位の令嬢を入れるわけにはいかないのだが、唯一どの部屋でも構わないと答えた令嬢であったため、他の要望を優先して入れていった結果、そうなってしまった。しかもそれで構わないと返答が来たのだ。


(構わないとは言われていたけど一度お礼を言っておこうとは思ってたんだよね…今、大丈夫かな)

「ああ、申し訳ありません。すぐ片付けますので」


 人影を察したらしい手が、向きを揃えるように丁寧に集めていた動作をとりあえず室内に掻き入れるように変えた。


「お手伝いしましょう」


 そう言ってユーリが屈むと、郭女中も少し遠くに飛んでいた紙を取りに向かった。


「ありがとうございます。申し訳ありませんでしたお手を煩わせてしまいまして」


 とりあえず廊下から紙を全て室内に押し込んだところで、ユーリと郭女中に向かって少女が深々と頭を下げる。


「いや」


 少女に構わないから部屋主に取り次いでもらえるだろうかと声を掛けようとして、まだ調度の整っていない室内に誰も居ない事に気付く。


「あ…フィフィールズ伯爵家ご令嬢は」

「はい」


 何処かにお出かけかなと思いつつ声をかけると、身を起こした少女が答えた。

 艶のある赤茶の髪を梳き流し、後で一つに包み、特に飾りらしい物はつけていない。内着さえ礼装仕様の黒であるのに装飾の類がなく、打掛も綾のある美しいものではあったが、刺繍もなくそれほど手の込んだ品ではない。


(えっと、確か、お名前は…)


 猫の瞳のような金色の目を珍しいなと思いつつ記憶を辿る。


「アニ・カント・フィフィールズ様?」

「はい」

(あ、本当にご本人なのか…)


 部屋を気にしなかった件で寛容な方なのかと思っていたのだが、出で立ちを見るに寛容というより、頓着がないのかもしれないと感じる。リリィのように已む無く参加しているが本来神僧に成りたかった方なのかもしれない。そんな事を考えつつ部屋割りの礼を告げる。


「この度の部屋割りの件なのですが、数が足りず局に入っていただくことが叶わず、こちらの部屋をご了承頂き、とても助かりました。ありがとうございます」

「いえ、この度の国難に際し侯爵家の皆様におかれましてはご心痛如何許りかと察しております。まことに下らぬことでお手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした。どうぞ私のことなどはお捨ておき下さい」


 再び頭を下げるのを見ながら、下らぬというは部屋割りではなく紙を拾ったことだろうな、と察しつつ。言葉通り先を急ぐことにした。

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