後宮南郭(2)

「ユーリ様に貴族令嬢方のお相手は面倒でしょうから、聞き取りは妾達が行いましょう」

「そうね。ユーリ様、どうぞ民達の聞き取りをお願いいたします」

「それは願ってもないことです。ありがとうございます」


 二人の後に眩しい光を見ながら、ユーリは手を合わせて礼をする。三人は早速とばかりに別れて、各々役割を果たすことにした。

 ユーリは郭女中の案内で市井から集められた娘達が居る部屋へ向かって歩き出す。


(それにしても広いなぁ…手が行き届いていないとは聞いてたけど、これだけの広さを維持しようと思ったら結構な人手がかかるだろうし、最近の情勢じゃあ仕方がないよなぁ)


 領内に箱庭と呼ばれる工芸産業を抱えているユーリは、一目見て庭が荒れていることが解った。荒れているといっても、落ち葉などは掃き清められているし、雑草などが蔓延っているということもない。ただ、樹木の剪定が行き届いていないのだ。

 後宮の元は、王家の人間の生活の場であった正宮から始まっている。かつては国王とカンリッツァ家の人間が生活を共にしていた正宮だったが、勃興期の半ば頃、カンリッツァ家と嫁してきた人間とであまりにも数が増え、正宮を国王の生活の場とし、後宮を作ることが決まった。

 その後、後宮は縮小することなく、時代毎に増改築を繰り返し、今では、東西南北の名を冠する四つの郭で構成されるようになった。

 各郭では、国王を迎える御処、生活を支える厨や蔵などを除いて、貴人のための各部屋の数はまちまちである。事前に貴人が多くなることとなった西と南は特に部屋数の多い郭だ。そして、各郭での最高位の局を侯爵令嬢達は宛てがわれている。局としては一つに三人で入っているのだが、なにせ最高位の局ともなると部屋数が多い。互いに一部屋ずつ確保してもまだ余るのだ。まぁ、本来寝室でない部屋を寝室として使っているからなのだが。


(私達が入る前に臨時雇いでいったん拭き上げたって聞いた通り、部屋や廊下なんかはキレイだけど)


 ユーリは前で案内をしてくれている郭女中を見つめる。

 王城勤めの女中はまとめて宮女中と呼ばれるが、細かくみればそれぞれ身分や役割に応じて役職名がある。後宮総代、後宮女中頭、御局取次人、後宮女中、郭女中頭、等と延々続き七十近くある。だが、今の後宮は多くの役が欠けている。

 例えば、後宮の最高責任者は後宮総代というが、この役職は常設ではない。後宮全体の最高権力者となる正妃によって任命される者で、正妃すら居ない今の後宮には当然居ない。また、御局取次人も妻妾に関わる役職であるため、居ない。このように後宮自体が本来あるべき姿でないために不在となっている役職が二十ほどもある。

 更に、庭の手入れが行き届いていない点のような、後宮の人ではなく建物などの施設そのものを手入れする役職も、いくつも欠けている。彼女達が入ってくるまで、摂政となったマルマドや国王の弟妹達が暮らしていたもっとも部屋数の少ない東でも、全ては揃っていなかったのだ。


(まぁ、だからこそ私達が自分達の家から人を連れて来ることができたのだけど…ん?)


 目の前の案内役が角を曲がった所で慌てたように止まった。自分に向かって詫びのために頭を下げるのに気にしていないと答えつつ、角の先を覗き込む。廊下に散らばった紙を集める手が部屋から伸びていた。

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