第四話:後宮南郭(1)

 リリィが心配していた事がまさに的中していて、頭を抱えているユーリ・ワンナ・クプリコンが、頭から手を離し、うんざりとした顔で目の前を見つめる。


「揉めると解ってたから前もって部屋割りしたのに結局揉めるのかぁ…」


 彼女の前には、机の天板を埋めるように紙が広げられている。南郭では貴族の娘達がどの部屋に入るかを、事前に定めたのだが、その内容が記載されている紙だ。勿論できる限りの希望を聞いて、配慮を重ねて、確認を取って、了承を得た内容だった。

 意志の強さを感じさせる赤茶の眉の下で、きりっとした目は淡い青色をしている。頭を抱えたためにぼさっとした赤茶の髪を揺らして首を左右に振る。揉めている娘達への対応で、良い案は何一つ思いつかない。

 意志の強さを滲ませている麗しい見た目の割に、ユーリはこうしたことを考えるのは苦手である。むしろ、苦手で即決できないことが解っていたから事前に部屋割りを決めたのだ。


「御髪が乱れておりましてよ」


 柔らかな笑顔と共にそう言って、ナナリィ・カッツェ・ピスカークスがユーリの髪を梳ってくれる。


「ありがとぉ」


 ユーリはされるに任せながら視線を斜め前にいるネーア・マキナ・ピスカークスへ向ける。双子のピスカークス家の令嬢達は、本当に鏡に映したようにそっくりである。

 今は編み垂らしている蜜のような淡い金色の髪。影を落としそうなほど長いまつげに縁どられた青とも翠とも見える碧い目。派手さのある美貌は、二人の物腰や表情によって、どこか幻想的な雰囲気を持ち、絵巻の中の麗人といった印象を他人に与えた。

 ユーリよりも二歳上なだけだというのに、彼女には持てていない落ち着きが、しっかりと備わっている二人に羨ましさが込み上がる。


「先程の部屋替えのお話ですけど」


 ナナリィが梳かし終わったのを見て、ネーアが口を開く。

 何か妙案があるのかと、ユーリの目が輝くが、告げられた言葉は意外なものだった。


「放っておけばよいと思います」

「え、でも、大丈夫なの?」


 意外な言葉にユーリはきょとんとしてしまう。そんな彼女に目で頷いて、そっと傍らの紙に視線を落とす。


「そもそも、この部屋割りは、事前に同意を得ています。それを覆したいというのは我儘です。つまりは自分のその我儘をきいてくれるかどうかを、はかっているのでしょう。放っておけばその内、何も言わなくなるか、謝るかしてきます」

「そういうものなんだ………」


 申し出の理由も、裏も、それによって何が得られるのかも考えつかなかったユーリは、困惑した顔でがっくりと肩を落とす。ピスカークスの二人は、その姿に目を見合わせて微苦笑を浮かべた。

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