後宮北郭(4)

 後宮は王家の私の場であり、政治的に切り離し難い場所でありながら絶対的に切り離した場所であった。

 それは国の歴史の中で確立された現状である。

 かつては切り離されていなかった王家の人間としての営みの場と国政を切り離し、既に九百年以上が経っている。


(断絶の危機も、王家との溝のある状況で単純に貴族から女性を輿入れさせる訳にいかないことも解るけれど。後宮千紅制を復活させるなんて………)


 リリィは廊下を歩きながら漏れ出る溜息を抑えきれない。

 後宮千紅制とは、今行われているように市井からも身分を問わず女性を集め後宮へ入宮させることである。かつての制度との違いは、今回の入宮があくまで見合いの場を作ることが目的だという点であろう。

 考案当初、国王の男系の血を増やすことに大いに優れた制度だと思われた後宮千紅制は、国母の地位を狙う女達による暗殺という惨劇を生み出し、三代で幕を閉じる事となる。

 以降、王家の人数がどれだけ減ろうとも、この制度の復活はなかった。今までは。


(入宮即ち婚姻でなければこの制度は有意義であるなんて………男性ってどうして馬鹿なのかしら)


 この制度復活の発端は、十二侯爵家ではない。

 先王崩御のおりに、貴族達の間に走った衝撃。王家断絶の危機という衝撃が、伯爵以下三百に及ぶ貴族達には国の崩壊に近い感覚だったのだ。絶対的に揺らぐことがないと信じていた、いや、信じるというよりもなお深い、意識したこともなかった当然の真理。それが、たった一つの家の血が絶えることで、崩壊するという現実。そのことが今回の改善された後宮千紅制の導入につながった。

 リリィからすれば改善の余地がまだいくらでもあると言わざるを得なかったが、話し合いをした貴族達も、取りまとめた侯爵達も、その辺は十分解っていた。それでも、なるべく早く動き出さなくてはという焦りが先行したのだ。

 目的の部屋に辿り着く。

 開け放された大広間には、二百人を超える娘達が居た。寒い時候ではないが、風が吹き込む出入り口付近には、ぱっと見ただけで過酷な環境を過ごしてきたことが判る娘達が固まっている。


(豪商の娘が最奥、都の娘と豪農の娘、地方から正当な手順で来た娘、といったところかしらね)


 リリィは後に控えていた郭女中を振り返り、これから自分が面談を始めることを奥から順次伝えて行ってくれと頼んだ。彼女自身は手前の娘達に声をかける。


「郭女中から話は聞いていると思いますが、これからわたくしが皆様の聞き取りを行います。リリィ・ランツァと申します。早速で申し訳ないのですが、皆さんに部屋で休んでいただくためにも早急に済ませたいと思いますから、まずは、あなたから、よろしいかしら」

「へぇ…」


 一番手前の少女に声をかけると、消え入りそうな声で返事が返ってきた。その少女を促して隣室へ向かう。


(民の数が多いよりも癖のある貴族の相手の方がわたくしには重荷。きっと南の方もご苦労なさっておいででしょうね…)

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