後宮東郭(2)

「馬鹿馬鹿しい悪習をなんで再現しようと思うのか」


 シン・カナリア・サシトリュスィは顔を不愉快さに歪め、苛立たしげに目の前の机を指先で叩いた。丁寧に整えられ艶出しもされた爪が、こっこっと七宝焼きの天板を鳴らす。

 サシトリュスィ家の典型のような生真面目さが滲む凛とした雰囲気。丁寧に巻き上げた栗色の髪。真摯な光を湛える僅かにつり上がった琥珀色の目。身につけた衣装も装飾も、化粧にいたるまで全てがほどほどにまとまっているが、けっして凡庸で地味な印象などは与えない。生来水晶の様な澄んだ気品の美女である。


「まぁ、その悪習が生まれた状況に似た経緯を辿っているからなのでしょうけど。本当に下らないわよねぇ」


 まさに白魚のような指で茶碗を包み込み、香りを楽しみながら、モナ・ウルト・アクリストは言い放った。

 西の柱成る国ではアクリストグリーンとも呼ばれる、アクリスト家特有の灰がかった緑の目はシンとは逆に僅かに垂れ、柔和な印象を醸し出す。母親譲りの金がかった赤い髪は、一つに結い上げて後に長く垂らしている。二十歳とは思えぬ匂い立つような色気を持つ彼女は、豪奢な衣装に負けぬ大輪の花のような美女である。


「私達はまだ我慢できますけど。民にとっては甚だしい迷惑ですよね」


 精緻な装飾の椅子の肘掛にしなだれ掛かりながら、アンジュ・クシナ・トールスは傷まし気な表情をする。

 憂う顔が様になるアンジュは、神事を司るトールス家に似合いの楚々とした清廉な雰囲気を纏っている。細くしなやかな銀の髪を編み纏めて後に流し、毛先を白布で包んでいる。見つめれば夜の海を覗いているように引き込まれる藍の目。体格は、この場では最も小柄だが、彼女が一度神舞を執り行えば、一身で衆人の祈りを受け止める。まさに大海のような深い包容力を感じさせる美女である。

 揃いも揃って美女という他ない彼女達は、王国に十二ある侯爵家の令嬢だ。

 今は煌く池の真ん中に浮かぶ四阿で、気楽な口調で会話とお茶を楽しんでいるが、その装いは気楽さとは無縁の最上礼装。

 家紋を入れた美しく煌びやかな打掛に、内着は礼装の常である黒だが、襟元は糸も石もふんだんに使った豪奢な刺繍で煌めいている。礼装の黒帯の下から広がるスカートは腰掛けてなおふわりと広がり、布の重なりやスリットの開き、裾のレースなどが花を思わせた。

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