第2話 異世界で初めに出会うのは 麗しき美女であるべきだ

ーーそして壮年は静かに目を開けた。









······空だ。





どこまでも広がる青空だった。





(いつまでも目を瞑っていたら、こんな空の青さにも気づかないんだな。)





······



······。





(あれ?そういえば俺······死んだんじゃなかったっけ?)





「うっ······。」





少し呻き声がでた。生きている。どうやら、仰向けに寝転がっているようだ。



手足の先まで脈の鼓動を感じる。生きているのだ。



ぐっと、体に力を入れてみる。動く。自由意思のままに動く。



そのまま、俺は身体を起こした。





「よいしょ······。」





周りは草原だった。遠くに山が見えるが、あまり起伏もなく、周りに目立ったランドマークも無い。



先ほどまでファクドナルドにいたはずの俺はそこで理解した。



「これが天国かぁ。」



想像していた、アハハウフフな天国とは少し違うけど、のどかで落ち着いていて、これはこれで良いと思った。

短い人生だったけど、ここから第2の人生が始まるなら悪くはない。少し深呼吸してから、俺は立ち上がった。



「では、少し天国散策でもしますかね。」



俺は足を数歩進めて止まった。あることに気づいたのだ。



ーー右下に何かある。



視界を長方形のスクリーンに例えるならば、手で触れるのに、丁度良いくらいの右下の位置に何かあるのだ······。

手で捕まえようとしてみたが、ホログラムの構造らしく、すり抜けてしまった。



【MENU】



「メニュー······?」



メニューアイコンだ。明らかにメニューアイコンがあった。



(押すなよ。押すなよ。押すなよ。)



俺はしっかり3回唱えてから、そのボタンを押した。



ブォン!ピコーン!



目の前に文字が浮かんだ。



『【ブレイク ファンタジー Third】へようこそ!』



先ほどまで天国にいたはずの俺はそこで理解した。



「これが異世界かぁ。」



ーーーー

ーーーー



頭の整理にはそれほど時間はかからなかった。

要するに俺はファクドナルドで久しぶりに始めた、この【ブレイク ファンタジー Third】の世界に転移してしまったようだ。

不思議とその事を受け入れられたのは、俺自身ワクワクしていたからかもしれない。心の底では、平凡な毎日に何か物足りないと思っていた。新しい何かが始まるなら、それは今の俺には有難いことだった。



誰に何を言われるでもなく俺は、浮かび上がっているホログラムスクリーン上のタイトルをタップして操作を進めた。



ピコーン!



『初回プレイのボーナスガチャが引けます!早速引いてみましょう!』



「へえー!ゲームの世界でもガチャ制度はあるんだな。」



ポチっ。



スクリーンをタップすると、特に凝った演出はなく、こんな文字が出てきた。



ーーーーーー



『キャラクター名【キャノン・グラッド】

レア度【☆4 SSR】

職業【重戦士】』



ーーーーーー



(え?キャラクター?武器とかじゃないのか?)



俺は再度スクリーンをタップするーー。



すると、スクリーンはメニューアイコンに格納され、目の前には人が立っていた。

ガチムチのおっさんだった。

ハゲ。無精髭。少しこんがり焼けた、ガッチリムッチリのおっさんが突然目の前に現れたのだ。



「よー兄ちゃん!俺を呼び出したのはお前かー!よろしくな!ガハハハ!」



ハゲが何か喋っている。



「お前!名前は何て言うんだ?」



(あ······、俺この人ダメだな······。)



ーーーー



俺は基本的に食べ物に好き嫌いが無い。

ただし、食べられないものがある。



『もやしアレルギー』



神様が俺に与えた数ある試練の内の一つがこれだった。もやしを食べると、身体中の粘膜や皮膚の薄いところが痒くなってしまうのだ。

おかげで「もやしに負ける男」と小さい頃は弄られたものだ。



誰にでもこういった受け入れられないものがある。いわゆる生理的に無理というやつだ。

こればかりはどうにもならないのである。



ーーーー



「いや~それにしても兄ちゃん、ひょろいな!ちゃんと食ってるか?」



一応、弁解をしておくが決して俺はひょろくない。一般的な日本人の標準的な指標からすれば、少しくらいガタイは良い方だ。目の前の肉の塊が異常なのだ。



「そんなんだと、もやしにも負けちまうぞ!ガハハハ!」









···········。







ーーーーーー

俺はメニュー画面を開いた。



キャラクターボタンをタッチする。どうやらパーティー制ではないようだ。

ーーーーーー





「最近の若いのは、頭でっかちで良くないな!」





ーーーーーー

ん?なんだこれは?



俺は【分解】と書かれたボタンを押した。

ーーーーーー





「やはり戦士たるもの基本は体!そして筋肉だ!筋肉は裏切らないからな!」





ーーーーーー

『このキャラクターを【素材石】に分解しますか?』



…………。



【Yes】

ーーーーーー







「まあ、だが俺に任せとけ!大概の敵は俺がなぎ倒してやるからな!安心しろ!ガハハハッ!」







ーーーーーー

『このキャラクターは☆4のSSRキャラクターです。本当に分解してもよろしいですか?』

ーーーーーー





「よし!それで?もやしの兄ちゃんはこれからどうするよ?」





ーーーーーー

【Yes】

ーーーーーー





「まあ俺も、少し前線から離れてたからな!久々に腕がなるってもーー」



ボシュ~ン······。



薄い煙と共に、そこにいたはずのガチムチハゲヒゲは消えた。







空は青い。しばらくはこの心地よい異界の空気をゆっくりと楽しむのも悪くない。







ーーそして壮年は静かに目を閉じた。







(続く)

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